旅日記です。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

未明、ドタバタした音で目が覚める。誰か辺りを走り回っているようだ。体を起こし、外を覗く。
昨夜騒いでいた若者たちだった。まったく、なんなんだよー、こんな朝っぱらから。
静かにしてくれないと眠れやしない。目をこすり、しばし観察。すると、そのうちの一人が水場の水で手を洗い、草むらに向って立ちションをし始めた。すぐそばに簡易式のトイレがあるというのに、だ。そしてそれが終わると、何事もないようにどこかへ立ち去っていった。
おい、順番が逆だろうに。みるみるうちに不快な気分になる。きったねえなあ。オシッコしてから手を洗えよな。昨夜のうるささといい、やっぱり常識外れの馬鹿共のようだ。
ま、どうでもいいんですけどね。こっちはこれでようやく眠れるのだから。
再び横になり、ウトウト。
次に本格的に目が覚めたのは、午前六時を回った頃だった。
いつもならこのまま起きて、荷造りを始めるところなのだが、今日は別。昨日の宣言通り、今日は一日四万十市でゆっくりするのだ。
嬉しいなあー。体からいい具合に力が抜けていく。そして気持ちよくまたウトウト。
しかしやっぱり七時が限界。テントに日が当たってとてもじゃないが暑くて寝ていられないのだ。
テントから這いずり出て、髭剃り、歯磨き。それを終えた後は、わたしの後から起き出した色黒カップルの元へ。たくさん話をして欲求不満を解消するため。昨日のリベンジなのです。
とはいっても、自分のことばかりしゃべっても話が弾まない。そう思い、四万十川のパンフレットを使って、「ここはよかった」「ここはそうでもない」と、あれこれ四万十川情報を提供してあげる。
男性、とっても嬉しそう。「これ、いいですね」わたしが持っていたパンフレットを指差してきた。
「よかったらどうぞ。わたしはもう使わないですから」そう言って差し上げた。
いや、本当はまだ必要なんですが。でも今日はこれから市役所に足を運ぶ予定。そこでもらえばいいだけの話なので問題はないのである。昨日から人恋しさが募っているせいか、なんか優しくしたくなっちゃったんだよねー。わたしには滅多に出ない親切心です。
テーブルの上で日記をつけていると、色黒カップルの男性が少し照れくさそうな顔をして現れた。「よかったら」缶のハイボールを差し出してきた。クーラーボックスに入れてあったそうで冷えている。
いいんですか、もらっちゃって。もしかしてパンフレットをあげたお返しかな。
嬉しいなあ。善行はしてみるものだよなあ。予想外のお礼にわたしは次第に上機嫌になった。
でも、どうしましょ、これ。水滴のついた缶を手に持ち、しばしじっと見つめる。今朝もすでにけっこうな暑さ。このまま放置していけば温まっていく一方。ぬるくなったアルコールほど不味い飲み物はないのである。でもそうかといって、朝の八時からお酒を飲むのも気が引けるしなあ……。
ま、いっか。えーい。飲んでしまえ。
くーっ。キクー。たしかハイボールってウィスキーを割ったやつだよね。いつもは発泡酒しか飲まないのでお酒はあまり詳しくないのです。記憶にないので多分、人生初のハイボール。しかもはじめて訪れた四万十市で。
こんなことが、とっても楽しい。
ふとラベルに目を向ける。アルコール分は七パーセントとなっていた。わたしが普段飲んでいる発泡酒が五パーセントだから、二パーセントも高いことになる。
そう認識したらなんだか急激に酔いが回ってきた。いきなり頭、ぐわんぐわん。
うー、すっかり朝から酔っ払ってしまったわい。
たまにはこんな日があってもいいよね。
お願い、誰かいいと言っておくれ。

笑顔で出発する色黒カップルを見送る。さてと、わたしもそろそろ出ますか。まずは市役所へ行き、図書館、ドコモショップ、コインランドリーの場所を尋ねることにした。
赤く塗られた四万十川橋を渡ると、左手に神社を見つけた。参拝していくことに。
賽銭箱の前に立ち、財布の中から茶色の硬貨を探す。百円は懐に厳しいので、いつも十円にしているんです。
投げた硬貨が、賽銭箱に向って綺麗な弧を描いて飛んでいく。それを見た瞬間、「あっ」と思った。銀色に光っていたのだ。どうやら百円玉を入れてしまったよう。酔っ払って間違えたのだ。
一気に酔いが覚め、あたふた動揺。
えーと、どうしましょう。十円あげるからさっきの百円を返して……っていうのはやっぱ無理ですか。
あーあ。これも朝からお酒を飲んだ罰でしょうか。
肩を落としながら市役所に到着。パンフレットと周辺情報を入手した後は、二階にある図書館へと足を運ぶ。
ネットコーナーには、パソコンが七台もあって嬉しくなった。しかも通常一時間しか利用できないところ、待っている人がない場合に限り延長できるというのである。とはいえ、同時に七人も使うなんてまずあり得ない。
つまりこれ、使い放題ってこと。わーお。ネットカフェ状態じゃん。
でもわたしの場合、十五分もあれば用は足りるんでした。あはは。そんなに喜ぶこともなかったです。
続いてDVDコーナーへ。幼児向けと教育用しかなく、映画ソフトは置いてなかった。
あーあ。あれだけパソコンがあったので期待していたんだけどなあ。それとは関係ないんですね。了解しました。
菓子パンを食べた後は、街中にあるサニーマートというスーパーへ。ニリトッリルのペットボトルのアクエリアスを、ちょっと高い気もしつつ百七十七円で購入。
レジカウンターのおばさんとレジ袋についておしゃべり。ここはレジ袋が有料。それは昨日行ったフジでも同様だった。ところがマルナカでは普通にタダでくれていた。そして、同じサニーマートでも無料という店もあるというのだからややこしい。
どうやら店や地域ごとで統一されているわけではないようである。ということは、いちいち確認しなきゃならんの? 面倒くせえなあ。
渡されたおつりを見て「おや」と思う。手の中には、五千円札が一枚、千円札が四枚、そして硬貨が数枚あった。たしかわたしは、千円札を出したはずなのだが……。
モノを買ったのに、なぜかお金が増えて戻ってくるという不思議な現象。しかも九千円も。これはどういうことなのか。たちまち頭が混乱した。
もしかしてわたしの勘違い? そう思い、さり気なく前進しながら素早く財布の中の一万円札を数える。
減ってはいない。やはり出したのは千円札だ。店員のおばさんが、わたしが一万円札を出したのと勘違いしたのだ。途端に、全身がえもいわれぬ高揚感に包まれていく。
「ラッキーじゃん。九千円も得したじゃん。よーし、このまま知らばっくれておこう」
「いや、待て。いくら自分が得するとはいえ、あのおばさんが店長に怒られるのはかわいそうだ」
「とはいえ、九千円だぞ。何日分の生活費になるかよく考えてみ」
「でも、このまま立ち去れば立派な犯罪。こんなことで前科がついていいのかよ」
たちまち心の中で悪魔と天使のせめぎ合い。
「お客さん」逡巡していたら背中に声を受けた。
チェッ。遅かったか。
いや、なんでもありません。
「どうもおつりを多く渡したみたいで」
「いやー、わたしもなんかおかしいなあと思ったんですよ」
さっきの葛藤はなかったことにして笑顔で言う。結局、正しいおつりを受け取って店を出た。
ここからは、太平洋と四万十川が同時に望むことができるという展望所へと向かう。市役所の職員から「いいですよ」と勧められた場所だ。
今旅では、人に勧められてハズレたことがない。その法則に則れば今回も当たりのはずだ。
川沿いの県道を十キロほど下り、それがあると思われる場所に着く。展望所に至る道は急な上り坂だったため、歩いて向かうことにした。ほどなくして到着。
ハズレでした。海と河口の境目が渾然としていて、インパクトに欠けました。とくに見るべきものは、ない。あー、来るんじゃなかった。
展望所にいた地元のおじさんによると、今年の高知の天気はおかしいそうである。
やっぱりそうですか。異常気象かなんだか、コロコロ変わってこっちは翻弄されっぱなしなんですよ。
なんてことを言っていたら、突然、風がビュービュー吹き始め、ポツポツと雨が落ちてきた。
まったく、朝は青空が出ていたというのによぉ。もう、高知の天気めー。
雨に濡れながら自転車の元へと急ぐ。
しばらくすると、何事もなかったかのように雨は上がった。

市街に戻ることに。「自転車道」と書かれた標識看板に従って進んでいくと、悠然と水をたたえた四万十川の堤防の上に出た。
おお。昨日同様、またしても。こんな経験、そうそうできるもんじゃない。テンション高いまま自転車を漕いでいくと、橋が見えてきた。するとそこには、「一級河川 後川」の文字。
あはは。違っていました。わたくし、四万十川を賞賛し過ぎて、この辺りの川はすべて四万十川だと思い込んでおりました。無駄にテンション揚げた自分が恥ずかしい。
目にした土佐中村駅になんとなく立ち寄る。ちなみに中村とは旧市名。現在の四万十市は、中村市と西土佐村が、そして隣の四万十町は、十川村、大正町、昭和町、窪川町がそれぞれ合併してできたもの。市名しろに町名にしろ、元々、「四万十」という名前はどこにも存在していなかったのである。
なるほど。「清流・四万十川」にあやかって、観光客を集めようという魂胆なんでしょうね。
でもなあ、個人的には、昔からの地名は残して欲しいところ。だって、ちゃんといわれがあってその名がついたわけでしょ。それを抹殺するのは正直釈然としないものがある。
そういえば愛媛県には、四国中央市なんていう、「図々しいにもほどがあるでしょう」と言いたくなるような名前の市もありましたね。
でも、どう見ても四国の中央に位置しているようには見えないんですけど。だって、普通に考えれば山間部にあるべきなのに、思いっきり瀬戸内海に面しているんだもん。
他の市町村から苦情は来ないんでしょうか。ちゃんと許可は取ったんでしょうか。
気になるなあ。旅人のわたしにはどうでもいいことだけれど。
駅の待合所がとってもユニークだった。なぜかたくさんの中学生が弁当を広げている窓際のカウンター席はまだいいとして、奥の備え付けのベンチの背もたれが壁と一体化し、それが天井にかけてカーブを描いていたのだ。
もしかして黒潮をイメージしているとか? 誰か知っている人がいたら教えてください。
ケータイの充電をするため、駅近くのドコモショップへ。
やはりここでも、無料でコーヒーやお茶が出てくる機械は置いてなかった。
もういいです。四国では期待しません。
一時間ほど滞在して外へ出る。まだ午後一時半。さて、次にすることは……そうそう、ボールペンを買わないと。
いつもボールペンは、安い百円ショップで購入しているのだが、インクがまだたっぷり残っているにもかかわらず、なぜか途中で必ず文字が書けなくなるのである。
ひょっとして三本入りは品質が悪いとか? 今日は二本入りにしてみた。
お腹が空いた。マルナカ、フジグランに寄り、フジグランそばのドラッグストアでカップラーメンを買う。マルナカもフジも、カップ麺はあまり安くなかったのです。
で、またマルナカ。休憩所の自動給湯器のお湯を使って、先ほど買ったカップラーメンを食す。ちなみにわかめラーメン。
食後はフジグランに移動。通路のベンチに陣取り日記。飽きたら中を散歩。そしてまた日記。それをローテーションで午後六時まで繰り返す。
で、またまたマルナカ。夕食としてカップラーメンを食べるため。なんだかこの辺りをグルグルしているような気がするなあ。今度はとんこつ味。さすがに一日二回は飽きました。
さて、今日はどこに泊まろうか。タダのお茶をすすりながら思案する。トンボ公園にするか。それともキャンプ場にするか。
出会いが欲しいので今日もキャンプ場にしたいところなのだが、昨夜みたいに騒がれるのはご免である。明日はいよいよ足摺岬に向かう。寝不足の状態で挑むなんて行為、できれば避けたいのだ。
となると、トンボ公園? いやでもなあ、あそこはかなりの確率で人が来なさそうだしなあ。
しばし悩んだ末、キャンプ場に決めた。やっぱり誰かと話がしたい! まるで根拠はないが、二日連続で騒がしい奴らに出くわす可能性は低いと踏んだというのもある。

夕暮れを迎えたキャンプ場では、テントを立てている人影。そして横にはシートがかけられたバイク。どうやらライダーの方のようだ。
込み上げてくる嬉しさを感じながら声をかける。東京から来た六十五歳の佐竹さん。六週間かけて四国と九州を周るそうである。
なんかいい人っぽい。後でゆっくり話をさせてもらう約束を取り付け、先にテントを設営。それが終わったら、今度はお風呂。今日は佐竹さんから道を教えてもらい、無事四万十川にたどり着くことができた。
それにしても、これ、知らない人が見たらどう思うのだろうか。暗闇の中、ズンズン川の中へ入っていくのだ。ほとんど入水自殺にしか見えんでしょう。
川から上がった後は、マルナカで発泡酒を買って戻ってくる。
さてさて、楽しみだ。一体どんな話ができるんでしょうかね。「キャンプ場で出会った人と語り合う」。これぞ旅という感じがするではないか。昨夜の気合が空振りに終わっただけに殊更そう思う。よーし、今日はたくさん話しちゃうぞー。
晩酌している佐竹さんの元に出向き、いよいよ会話がスタート。
はじめの頃こそ、少々自慢話が過ぎて眠気を感じていたわたしであるが、「首相官邸」「警視総監」「菅直子(菅直人夫人)」という言葉がポンポン出てきた辺りから前のめりになって聞いていた。不動産関連の会社に勤めていて、かなり大きな仕事を請け負っていたそうである。
興味津々に聞いていたことに気をよくしたのか、ヤクザ関係の仕事に手をつけていたことも明かしてくれた。
「具体的にはどういったことをやったんですか?」
「うーん、それはちょっと……」
どうやら、かなりヤバイ仕事のようである。
「ここだけの話にしておきますから、教えてくれませんか」遠慮がちに食い下がる。
「いや、やっぱり……」でも言葉を濁された。
うーむ。そこまでリアルに拒まれるとなんだか怖くなってくる。よほど危険な橋を渡ってきたのだろうか。わたしには縁遠い、テレビや映画で描かれるような世界なのかもしれない。
「旅の最中で寂しくなることってないですか?」
今日も飽きずにこの質問。昨日の答えでは物足りさを感じてきていた。どうしても確固たる答えが欲しいのだ。わたし、しつこい人間なんです。
しかし一瞬キョトンとした佐竹さん、すぐに「どうしてそんなことを訊くの?」という顔をしてきた。
佐竹さんには、奥さんと三人の子供がいる。おそらく寂しく思うことはないのだろう。目の前にはいなくても、心の中では常にその存在を感じているのだ。
翻ってわたしは、旅に出ようが出まいがほとんど変わらない。心の中は常に一人だ。親、兄姉と深い関係を築いているわけでもないし、定期的に連絡をとる友人なんてものもいない。
そんなことを口にすると、「ボヘミアンだねぇ」と苦笑いされた。
へっ。ボヘミアンって?
「流れ者という意味だよ」
流れ者、ですか――。カッコいいが、実に寂しい響きのする言葉である。
たしかにわたし、根は一人でいるのが好きな人間なんだと思う。よほど気の合う人でなければ、長時間一緒にいるのははっきり言って苦痛だ。
でもそうかといって決して人間嫌いというわけじゃない。いやむしろ、いろいろな人と話をするのはかなり好きな方である。
よくわからない。自分は、一体どういう人間なのだろうか。
話の流れで独身であることを明かすと、「モテそうだけど、モテないの?」なんて嬉しいことを口にされた。
「いやー、そうなんですよ。実はモテてモテて困っているんですよ」そう嬉しい愚痴をこぼしたいのは山々なのだが、残念ながらそんなことはまるでない。
ま、半分以上お世辞なんでしょうけどね。でも面と向かって言われるとやはり嬉しいもの。人間は、なんて単純な生き物なのか。
たくさんお話ができた。もう充分。おかげでモヤモヤしたものがすっかり抜けました。佐竹さんもいい感じに出来上がったので、辞去することにした。
わがテントに戻ってくる。ケータイを見ると午後九時半。
どうやら今日は騒がしい奴らはいないよう。心安らかに眠れそうである。
ふと空を見上げる。いくつもの星が瞬いていた。これまで見たくても見ることのできなかった、四万十の星空だ。
楽しい会話、そしてウットリするほど美しい星空。充実した一夜だった。
心地よい満足感に浸る。
すぐに睡魔がやって来た。
あっという間に意識が薄らいでいった。
スポンサーサイト

【2015/06/16 10:53】 | 2011年8月
|
午前六時過ぎに目が覚める。昨晩は尿意を催して一度目が覚めただけ。後は比較的にぐっすり眠ることができた。
はーっ。えもいわれぬ満足感&爽快感。二日連続の快眠なんていつ以来だろう。すぐには思い出せないほど遠い昔のことだ。
今日の天気をチェックするため空を見上げる。すると一面、薄い曇り空であった。
うー、どっすかなあ。すかさずわたしは悩んだ。
せっかくの四万十川、どうせなら晴れた日に気持ちよく走りたい。また、冷房のよく効いたあの道の駅の休憩所で、思う存分のんびり過ごしてもみたい。しかし一方では、「そんな理由で停滞するのはいかがなものか?」そう申し立てる自分もいた。
いや、本音を言えば、ここで一日ゆっくりしたいのですよ。でもなぜか、それを素直に行動に移すことができない。特別な理由がない限り走らないと、心苦しいというか罪悪感を覚えるというか……。わたしが、自分をやっかいな人間と思う所以である。
すぐには答えが出そうにない。時間がもったいないので少しでも溜まっている日記を進めておくことにした。

午前八時、再度空模様チェック。徐々にではあるものの、雲の隙間から青い空が顔を覗かせ始めていた。
あーあ。なんていうことか。わたしは軽くうろたえた。実は先ほど日記をつけながら、七割方、今日は走らないと決めていたのだ。
なのに、この青空である。
さて、どうするべ。仮にこのまま晴れてくるとなると、そんな絶好な自転車日和に走らないと損した気分になってくる。とはいえ、すでに心と身体は停滞方向に大きく傾いている。それを今さら反対側に持ってくるのは骨が折れるといえば骨が折れる作業だ。
悩む、悩む、悩む、悩む――。
優柔不断だって? そんなこと、わたしが一番わかってるって。わたしはそういう人間なの。だからいつも石橋を叩き過ぎて壊しちゃうの。
散々悩んだ挙句、ようやく結論が出た。やっぱり走ろう! と。
ここにいたって何があるわけじゃない。走った方が充実感があるだろうし、何かいい出会いがあると思ったからだ。
そうと決まれば後は早い。手際よく出発の準備を済ませ、午前八時四十分スタート。ぐずぐず悩んでいた時間を帳消しするかのように昨日よりスピードを上げ、今日も四万十川を横に見ながら国道三八一号線を下っていく。
三十分ほど走ったところで沈下橋が見えてきた。「茅吹手(かやふきて)沈下橋」。なんでもここは、加山雄三夫婦がロケに訪れ、平成九年のJRのポスターに利用されたとのこと。
記憶にないなあ、そんなポスター。とくに感動ありません。
昨日と同様、川岸の岩の上に腰を下ろし、川に足を浸しながら沈下橋を眺める。しばらくすると、一台の車が橋を渡ってきた。神戸ナンバーの白いワンボックス。停まった車からは、お父さん、お母さん、小学生の男の子二人が降りてきた。
へー、神戸かあ。どこの区かな。それともお隣の加古川市? はたまた三田市? これまでの旅で、数々の神戸ナンバーの方と話をしてきたわたしは、神戸の区名、そしてその周辺の市名にそこそこ詳しいのである。
「神戸っていっても小野市なんですけどね」
はじめて聞く名前でした。若い頃はさぞかしおモテになられたんでしょうね、と推測される、長身でスラッっとした四十代後半と思しきお母さんが丁寧な口調で教えてくれました。
うー、なんか悔しいッス。ザックからツーリングマップルを引っ張り出し、急いでページをめくる。必死に場所の確認をした。
ふーん、加古川の北にあるんですね。ふーん、そうなんですか……。なるほどね……。ふーん……。
気さくそうなお母さんの話によると、昨年、はじめて四万十川を訪れた際、近くのオートキャンプ場を拠点にしてあちこち周ったところ、息子さんたちがこの場所をえらく気に入り、今年は滞在中一週間、毎日ここに来て川遊びをすることに決めたそうである。
水着姿になった息子さんたちが待ちきれない様子で川の中へと入っていく。傍らではお父さんがテントの設営に勤しんでいる。そして、それを目にしたお母さんが手伝いへと向かっていった。
家族四人、なんだか楽しそうでいいですね。少し離れた場所から、わたしは微笑ましい気持ちでその様子を眺めていた。典型的な日本の家族の夏休みと言っていいだろう。
わたしもこんな幼少時代を送ってみたかったものである。なんだかうらやましくもなった。結婚願望がほぼ皆無のわたしは、かなりの確率でこういったことを経験することなく死んでいくのであろう。今度はやや暗い気持ちになった。

再び国道三八一号線。土佐昭和駅を目指し、途中、国道を離れて不気味なほど静まり返った集落を進んでいく。昨日の土佐大正駅がよかったので寄ろうと思ったのである。
ところが近くに来ているはずなのに、地下道があるだけで駅舎らしき建物はどこにも見当たらない。ならば人に尋ねればいいのだろうが、その人がどこにもいないのだから話にならない。
おとなしく諦めることにした。
ところでこの頃になると、いつの間にか上空には怪しげな雲が広がっていた。あーあ。たちまち暗い気持ちになる。出発時の希望的観測は見事に裏切られている。
途中、小さなスーパーを発見。寄ってみると、ペットボトル飲料が二百二十八円で売られてあった。
昨日の店より百円ほど安いが、それでも高いことには変わりない。相変わらず貴重品のようでありますな。
店を出ると、とうとう雨が落ちてきた。アスファルトの上に徐々に増えていく黒い斑点が、なにやらとっても物悲しい。
とりあえず雨宿りをば。小雨がパラつく中、三キロほど先の道の駅へ急ぐことにした。

背後に四万十川が流れる道の駅「四万十とおわ」は、まだ新しい清潔な外観だった。そして、こんな生憎の空模様なのに、なぜか恐ろしいほどたくさんの人がいた。
観光客や地元の買い物客が、土産物や地元産の野菜に賑々しく群がっている。ほとんどデパートのバーゲンセール。経営者にとってはさぞかし喜ばしい光景なのだろうが、のんびりと雨宿りをしたい今のわたしには迷惑以外の何物でもない。はーっ。落ち着かないったらありゃしません。
あーあ。やっぱり、あの囲炉裏のある休憩所でゴロゴロしておくんだったなー。昨日の穏やかな午後の一時がまざまざと脳裏に蘇ってくる。
あそこならほとんど人も来ないので、さぞかしのんびりくつろげたことだろうになー。すっかりわたしは今朝の選択を悔いている。
軒下に立ったまま外を眺める。空は一面薄いグレーの世界。雨は当分止みそうにない。
となると、ここに泊まることもいよいよ視野に入ってくるのだが、壁にはなぜか、「キャンプ禁止」の掲示がされてあった。
がーん。マジですか。しばし呆然と立ち尽くす。こんな山間の町、他に雨を凌げそうな場所はないのである。
まあ、でもいいやね。誰もいなくなってから勝手にテントを張っちゃいましょうよ。仮に見つかったとしてもこの雨だ。きっと同情して許してくれるだろう。
とりあえずそういうことにして、裏手に回ってみる。雄大な四万十川を望むことができた。ほそ降る雨の中、穏やかに流れている。けっこう絶景。晴れていればもっと綺麗に見えることだろう。
現在の時刻は午前十時半。道の駅が閉まるまでには、まだ七時間くらいありそうである。
はーっ。なんだか長い一日になりそうです。
ネットコーナーを発見。早速、ヤフーの天気情報で雨雲の移り変わりを表示。この辺りは午後二時くらいまでかかると判明した。うーむ。やはり今日はここでお泊りですか。
することがないので、スポーツ情報もチェック。「セスク、バルセロナ移籍決定」の記事に目が留まる。わーお。ついにバルサ移籍ですか。
シャビ、イニエスタ、そしてセスクと実に豪華な中盤だ。でもバルサの攻撃的MFの席は二つだ。セスクはどこに入るのだろうか。やはりスペイン代表のようにイニエスタを一列上げ、空いたポジションにセスクかな。まさかあれだけの選手をベンチに置いておくわけにはいかんでしょう。
とってもワクワク。一体どんなパスワーク、そして攻撃を見せてくれるのやら。
あれこれ考えるのが、サッカーファンの楽しみの一つであります。
いつの間にか雨脚は弱まっていた。その隙に、飲み物を取りに自転車の元へ。
アンカーのロードバイクに乗った、神奈川在住の青年としばしおしゃべり。四国へは高速バスを利用して来た、と聞いてわたしは驚いた。おかしいなあ。たしか、高速バスに自転車は積めないはずなのだが……。
昨年、九州を走った際、帰りに立ち寄った名古屋から富山までの間を、わたしは高速バスを利用しようと思い立った。普通列車に比べれば料金は安いし、所要時間も短い。何より一番の魅力は、途中の乗り換えがないということ。たくさんの荷物と自転車を抱えて構内を移動するのは、けっこう難儀なことなのである。それになにより、その時のわたしは、ウツ状態に陥っていた。
でもダメだった。係員に「自転車は載せることはできません」とあえなく断られたのだ。
結局、これ以上ウツを悪化させたくなかったこともあり、泣く泣く料金の高い特急列車を利用することとなった。
青年いわく、ネットで、自転車の積み込み禁止を謳っていないバス会社を調べ上げ、そこを利用してきたとのこと。
おお。そんな裏技があったのか。是非参考にさせてもらう。と思ったが微妙でした。「もう一度やりますか?」と訊いたら、「ちょっと怖いかな」という答えが返ってきたのである。トランクルームには他の利用客の荷物も積んである。何かの拍子にぶつかって自転車が破損しないか、乗っている間、ヒヤヒヤしていたそうなのである。
埼玉からやって来たという、別の自転車旅行者とも話す。こちらはジェイムスのシクロクロス。今日中に、四万十川河口の四万十市街まで走り、そこから輪行して高知市まで戻らなければならないとのこと。そういえば、アンカーの青年も宇和島まで走ってそこから輪行すると言っていた。両者とも、勤務先の短い夏季休暇を有効活用するため、走りたいところだけを走って後は列車で移動するという、効率重視のスタイルを採っている。
そうなんだよなあ。これがまともな勤め人の夏休みなんだよなあ。一年中休みたいな無職のわたしとは訳が違うのである。なんだか、久しく忘れていた世間の感覚を味わってしまいました。
でも、そんなに急ぎ足で回って本当にいいんでしょうか。セカセカ走って本当に楽しいんでしょうか。一方ではそんな疑問も湧いてきていた。アンカーの青年なんか、せっかく高知に来たというのに、時間がないという理由だけで、わたしが半日もいた桂浜をパスしたというのである。もったいないなあ。あそこ、いい場所なのに。とりあえず四国を走ったという、「記念」が欲しいんでしょうかねえ。
依然、小雨が降り続いているものの、予想外に空が明るさを取り戻し始めた。
「多分、これから晴れてくると思いますよ」ジェイムスの青年が走り出した。
「少し休んだら走りますよ」アンカーの青年が道の駅の中へと消えていった。
二人からは、スケジュール通りに走ろうという強い意志が感じられた。
となると、今度は自分に対して疑問が生じてくる。わたし、こんな風にのんびりしちゃっていいんでしょうか。ちゃんと走らなくていいんでしょうか。これまでの旅のスタイルに対する自信が揺らいできた。
そう思ったらなんだか落ち着くなくなってきた。気がついたらわたしは、自転車に跨っていた。
すっかり二人に触発された形。わたし、けっこう人に影響されやすいタイプなんです。

しばらく走ると、その名も「四万十トンネル」。そしてちょうどここが、四万十町と四万十市の境だった。というわけで、四万十市入り。
左手に、中央部がなぜか崩落した沈下橋。渡ることができないのでそのまま素通り。
すっかりこの頃には、降っていた雨が上がっていきなり晴れてくるという、とっても高知らしい天気となっていた。
三叉路の交差点に差し掛かる。ここで、これまでお世話になった国道三八一号線に別れを告げて四四一号線に入る。今日の目的地となる四万十市街まで、四万十川沿いを延びる国道だ。さあ、よろしくお願いしますよー。
またもや沈下橋。「岩間沈下橋」。国道を逸れ、いつものように渡ってみることに。河原には数台の車。そして二十人ほどの人たち。
橋の真ん中辺りに、上半身裸の男性。中肉中背の三十代くらい。どうやら川に飛び込もうとしているようである。渡った先に自転車を停め、興味津々でその様子を眺める。
ところが何をもったいつけているのか、この男性がなかなか飛び込んでくれない。勢いよく助走をつけるまではいいのだが、橋のへりまで来ると、まるでブレーキがかかったように必ずピタッと足が止まるのだ。
「いくのか、いくのか……なんだよー、いかないのかよー」その度に最高潮に達したテンションが一気に急降下。見ているこっちは心臓に悪くて仕方がない。
三回ほどそんなことを繰り返していた。
業を煮やし、男性の元へ。「飛び込まないんですか?」半分くらい急かす意味で訊いてみた。「わたし、飛び込むのを待っているんですよ」
「えっ。そうなんですか? なんか恥ずかしいなあ」照れた様子で男性が笑う。「いやー、一回飛び込んだんですけどね。二回目になるとなんか怖くて……」五メートルほど下の川を覗き込みながら、そんな言い訳じみたことを言う。男性からは逡巡している様子がありありと伝わってきた。
「見ているとイライラしてくるわ。いい加減飛び込めよ」心の中でそう呟きながら、いつしかわたしは、自分もやってみたい衝動に駆られていった。
自転車の元へ行き、シャツとサンダルを脱ぐ。貴重品類はザックの中へ。そして橋の上に戻る。「わたしも飛び込みますよ」男性に向って堂々と告げた。
われながらまさかの展開である。沈下橋から四万十川に飛び込むことになろうとは。朝起きた時点ではまるで想像だにしなかったことだ。
高知の天気同様、旅も先が読めない。そして、この読めないのが旅の醍醐味の一つである。次第にわたしはえも言われぬ高揚感に煽られていった。
よし、行くか!
ところが、である。これが決行するとなると急にビビッてきた。ただ川を眺めている段階では、「綺麗だなあ」という感想くらいしか抱いていなかったのだが、いざ飛び込むことを決意して川を見た途端、予想外にジワジワと恐怖心が湧き起ってきたのだ。
そして、まるでそれと呼応するかのように、「やめようかなあ」という弱気の虫も湧いてきた。
とはいえ、あんな風に宣言しておいて、今さら「やっぱやめますわ」はカッコ悪い。それに、沈下橋にダイブするなんて機会、この先二度とないだろう。やらなければきっと後悔するはず。こういうのはグズグズしていると余計やりづらくなる。思い立ったらすぐにやるのが肝心なのだ。
散々、自分の背中を押してようやく腹が決まる。でも少し気を抜いたら再び弱気の虫。別に誰も求めていないのに、周囲の人たちに向って「行きまーす」。そうでも言わないことには踏ん切りがつかないのだ。
よし、今度こそ。行くぞ! 
一歩、二歩、後ろに下がる。腰をやや落とし、ゆっくりと助走体勢に入る。そして、勢いよく前方に飛び出した。えいやー! 体が宙に浮く。えっ。ウソ? 途端にわたしは思わぬ感覚に戸惑った。頭で想像していたよりはるかに滞空時間が長いのだ。うわっ、全然着かねー。これ、昔、猿ヶ京でやったバンジージャンプと同じ感覚じゃん。あわわわ。パニックの極致。心の中で必死に手足をかく。それが体に伝わったのか、左腕をなぜか上げていた。水面に衝撃を受けたのでそれがわかった。ホッとする間もなく、そのまま体が水中に沈んでいく。と、ここでまたしもパニック。なかなか体が水面に浮き上がってくれないのだ。焦る焦る。うそ。こんなところで死ぬの? そんなことさえ頭をよぎる。今度は水を必死にかいた。
ようやく水面に浮上した時には、やったー! という達成感より、明らかに無事生還できた安堵感の方が強かった。
でも、そんなことはおくびにも出さず。大きく息を吸った後は、平然とした顔を作り、右腕を二度、三度軽く上げて周囲にアピール。すると、観客からパラパラと拍手が起こった。あはは。ありがとうございます。ま、半分くらいはお義理なんでしょうけどね。
しばらくして、わたしの後を追うようにして男性が飛び込んだ。痛過ぎるほど恐怖心がわかってしまうので心から拍手。勇者に拍手だ。
「あなたが飛び込んだおかげで飛び込むことができましたよ」
浮き上がってきた男性は、そんな嬉しいことを言ってくれる。
なんかわかるなあ、その気持ち。一人が行ったら、自分も行きたくなるというか、行かなきゃならないというか。
男性は、大阪から男女十人ほどのグループでやって来ていた。昨年も来たと言っていた。そして、その一団の一人に、わたしの目は釘付けとなった。元K―1ファイターの中迫剛(知っている人は少ないですか)にクリソツな男性がいたのである。金色に近い茶髪。長身で筋骨隆々。
どうだろうなあ。違うかなあ。そうだと思うんだけどなあ。
どうしても気になり、盗み見してしまう。「もしかして中迫さんですか?」喉元まで出かかっているのに、どうしてもその言葉が言えない。
だってぇ、眼光が鋭過ぎるんだもん。それに、明らかに常人離れしたオーラを発しているし。
迂闊に声をかけたら「あん?」とか言って睨まれそう。下手のことを口にしたらキックやパンチが飛んできそう。いや、冗談じゃなくて。
それにしても、大の大人がワイワイ、ガヤガヤ水遊びするっていうのもいいもんですね。童心に返った彼らを眺めながら。わたしはそんな感想を抱いた。そしていつしかそれは、言いようもない孤独感へと変貌を遂げていった。
だって、向こうは大人数。それに引き換えこっちは一人ぼっち。なんだか羨ましくて仕方がないのだ。
はーっ。わたし、こんなところで一人、何をやってるんでしょうか。
そんなこともあってか、自然と一団と距離を取ってしまう。おもむろに川の中に腰を下ろす。水面から首だけ出して後ろ手をつく。そして、真正面から沈下橋を見やった。
「はーっ」
自然とため息が漏れた。目の前には、今旅で一番と言っていい、絶景が広がっていたのだ。
青く澄んだ空、光り輝く緑の山々、清らかな四万十川。そして豊かな自然の風景に一つだけ存在する人工物の沈下橋。それらが目を見張るほど絶妙なバランスで配置されていた。
いいなあ。すごいなあ。何度もため息をつく。
予定を変更して、四万十川に来て本当によかった。
心の底からそう思った。
そのまま一人、川の中で感動しきっていると、麦わら帽子を被った幼い姉弟が、橋の上をてくてく歩いてきた。手には釣竿と網。そして端までやって来ると、腰を下ろし、釣りを始めた。
「わーお」思わず声が出た。これがとっても絵になる風景で、またもや感動したのだ。
使い古された言葉で少し嫌なのだが、「日本の原風景」という言葉が頭の中に浮かんだ。これは、すべての日本人がイメージする田舎の風景なのだ。
しばらくすると、今度はバイク。「おおーっ」これがまたもや絵になる風景で嬉しくなった。
ここから写真を撮ればなんでも絵になる。立派にポスターや雑誌の表紙を飾れる。バイクを走らせればバイク雑誌。自転車を走らせれば自転車雑誌。なんでもこいだ。
家に持ち帰りたくなるほどの美しい風景。
はーっ。本当に素晴らしい。
目に焼き付けるつもりでじっと見つめる。
飽きずに三十分ほど眺めていた。

ケータイを見ると、午後一時半。誠に名残惜しいが出発することに。四万十市街までは三十キロもない。休憩込みでゆっくり行ったとしてもおそらく五時までには着くだろう。
しばらく走って、後ろを振り返る。遠方から沈下橋を眺めるため。ここを離れるのが本当に惜しくてならないのです。
橋の上からは、臆する様子もなく次から次へと川へ飛び込んでいく子供たち。
しばし唖然。子供って、勇気あるんだなあ。こっちはほとんど度胸試しだったというのに。
途中、四万十川を見下ろせる、東屋とトイレのついた休憩所で一服。
ほどなくして、大型スクーターが現れた。きっちり眉をそろえてピアスをした、若い頃はヤンチャしていたんだろうなあと思われる二十代の男性。芦屋在中で、現在は奥さんの実家のある宇和島に帰省中とのこと。なんでも、気晴らしにツーリングに来たそうである。居心地でも悪いんでしょうか。
芦屋といえば、何はなくとも金持ちのイメージである。というか、それしか思い浮かばない。
「芦屋に住んでいるっていうことは、もしかしてお金持ちなんですか?」
失礼と思いつつも訊いてみた。
「いえ、違いますよ。だったらスクーターなんか乗っていませんって」
苦笑いを浮かべて強く否定された。
やや目からウロコ。芦屋って金持ちじゃなくても住めるんですね。貧乏人のひがんだ思い込みでした。
少し走ると、また休憩所。ここにも東屋、トイレ。そしてそばには四万十川。野宿するには必要なものがすべて揃っていた。
もしかしてここに泊まれってこと? 立て続けに二ヶ所も目にするとそんなことを思ってしまう。
でも、スーパーらしきものがないんだよなあ。というか、そもそも建物らしき建物がどこにも見当たらない。
それに、もう一つ付け加えてしまうと、ここはとっても寂寥感漂う場所。まだ日のある昼間でもそう感じるのだから、夜ともなればその度合いが増すのは火を見るより明らか。孤独感が募っている今のわたしには、精神的ダメージが大きそうなのである。花火とは言わんが、今晩は人の気配を感じながら眠りにつきたい。
やはり先へ。途中、「四万十川カヌーとキャンプの里 かわらっこ」に立ち寄る。とはいっても、さっきの休憩所からまだ五キロしか走っていませんが。強烈の日差しを浴び続けたせいか、なんだか疲労感を覚えちゃったんだよねぇ。
四万十川のほとりにある綺麗に区画されたキャンプサイトを眺め、建物の中へ入る。
受付前の本棚から昨年号の『自転車と旅』を手に取る。ベンチに座り、パラパラ。四万十川の特集記事が組まれてあった。若い女子二人組のキャンプ旅。わたしが通ってきたのと同じコースだったため、やけに親近感を覚えた。
笑顔の女子たちが、前後左右に荷物をびっちりつけた自転車を横にして「輪行は大変でした」と言っている。
でもこれは明らかにウソでしょう。すかさずわたしは疑った。だって男性でもかなり大変だというのに、華奢な若い女性がこんなにもたくさんの荷物と自転車、一人で運べるわけがない。
きっとスタッフに全部やってもらったんでしょ。「お願いしますぅ」甘い声を出して頼んだんでしょ。
いや、そうに決まっている。
えーい、そうだと言わんかい! 
おらあ、ささっと白状せえや!
なんかわたし、疲労と寂しさで頭おかしくなっちゃいました。
そして、その症状が最高潮に達したのが、次に現れた「勝間沈下橋」を目にした時。そこでは、これまでのどの沈下橋よりも、はるかに大勢の人たちで賑わっていたのだ。家族連れ、仲間同士、近所の子供たち。川遊びやダイブ。思い思いに休日を満喫している。
そんな中、たくさんの荷物を積んだ自転車が現れるのだ。もはや浮いているとかのレベルではない。単なる怪しい人。
はーっ。恥ずかしいというか、寂しいというか……。
旅をしていると、時々どうしようもない孤独感に苛まれる日があるが、まさに今日はそんな日だ。やはり圧倒的にそう感じてしまうのは、なんかしらの集団が楽しそうにしている場面を視界に収めてしまった時。この時ほど、孤独を痛感することはない。ひどい時には、疎外感さえ覚えてしまうこともある。
まあでも、それと引き換えに自由を手に入れているわけだし。すかさずもう一人の自分が慰めに入る。誰かと行動を共にすれば、それはそれで楽しいのかもしれないが、必ず相手に合わせる場面が出てくる。つまりそれは、それまで手にしていた自由を多少なりとも手放すことと言えなくもない。
そう考えると、少しくらいの寂しさには耐えなくてはならない。大体、自由と楽しさ、両方享受しようなんて虫のいい話なのである。
でも気になるよなあ。他の旅人はどうなんだろうか。寂しくはないんだろうか。今度話す機会があったら是非訊いてみよう。

四万十川における、最長かつ最下流に位置する「佐田沈下橋」を渡るため、国道を離れて県道を進んでいく。
途中に「三間沈下橋」。西日が照りつける中、地元の中学生たちが次から次へと威勢よく川に飛び込んでいた。時には大声で叫びながら、時には何かを喚きながら。
なんなんだ、この元気のよさは。わたしはすっかり圧倒された。若さか。青春か。うー、とても真似できそうにありません。
緑に囲まれた細い道を抜けると、ようやく「佐田沈下橋」がその姿を現した。はーっ。思っていたより時間かかっちゃいました。
で、橋脚が目にも鮮やかなスカイブルーに塗られていて、思わず目が点になる。これ、どういう意図? 自然の風景の中でかなり浮いちゃっているんですけど。なんか、風情に欠けるなあ。
さすが最長だけあって、これまで渡ってきたどの沈下橋よりも長い。でも自転車ならあっという間。
渡った先を右折。坂を上っていくと、椅子に座った六十代くらいのおじさん。声をかけると、名古屋から来て四国をあちこち周っていると教えてくれた。
定年退職後の道楽かと思いきや、それにしては妙。車がやけに立派。まだ買って間もない感じのRV車だったのだ。なんだか、とっても羽振りがよさそうである。
向かいの建物から、赤ちゃんを抱いた四十代前半くらいの女性。おじさんが宿泊しているロッジを経営しているおかみさんとのこと。
というわけで、今度は三人でおしゃべり。しばらくすると、目の前の通りを、八十代くらいの老婆が稲刈機に乗って現れた。
それを目にしたおじさん、突如、一眼カメラを片手に立ち上がり、老婆の正面に回ったかと思うと、稲刈機のスピードに合わせて後ずさりしながらバシャバシャと写真を撮り始めた。そしてそれが終わると今度は、おかみさんが抱っこしている赤ちゃんをあやしながらシャッターを切り始めた。
なんなんでしょう、この方。普通の旅人にはとても見えないんですけど。
「もしかして写真家ですか?」というわけで訊いてみた。
「そう」おじさんは簡潔に答えた。
やっぱりそうですか。それにしても羨ましいなあ。旅をしながらお金を稼げるとは。
「いいですね、旅をしながら仕事が出来るなんて」
「そうだね、あなたも旅にからめて何か仕事ができるといいよね」
よくぞ言ってくれました。そうなんですよ。だからこうやってシコシコ紀行文なんて書いているんです。これを読んでいる出版者の方、よかったら本出してもらえません?
「一人旅って寂しくないですか?」先ほど抱いた疑問を思い出したので訊いてみた。
「でも、一人は誰にも気兼ねすることがないだろ?」とおじさん。
「一人だからいろいろな人と知り合えるんじゃないですか」とはおかみさん。
うーむ。両方ともたしかに。誰かと一緒にいれば気を遣うことは間違いない。とはいえ、話し相手に困らないこともまた事実。でもそうなると、わざわざ知らない人に話しかけることもないだろう。つまりそれは、いろいろな人と知り合う機会を失っているとも言えなくもない……。
ありがとうございます。なんだかちょっとわかったような気がいたします。一人旅には間違いなくメリットがあるのだ。そう思ったら少し元気が出てきた。
もう少し、何かいいアドバイスがもらえないだろうか。欲張りなわたしはまだ話をしていたかった。
「それじゃあ」しかしおじさんは突如話を打ち切った。それは、「いつまでもここにいてはいけない。先へ進みなさい」そう言っているように感じられた。
またまたたしかに。すでに日が傾き始めている。正直、そろそろ寝床を確保しておきたい。それに物事に執着してもいいことがないのは、これまでの旅の経験でよくわかっている。というか、どっちにしろ執着する気力なんてないのですが……。
四万十市街に出る道を、おかみさんに教えてもらい走り出す。でも蓄積した疲労であまり頭に入っていなかったよう。途中で道に迷ってしまった。あちゃー。どうしましょ。うろたえながら進んでいくと、民家の庭先に一人の中年男性を見つけた。
「それだったら、川の堤防の上を真っ直ぐに行けばいいんじゃよ」腰を低くして尋ねたら、丁寧な口調で教えてくれた。
おお。なんか感じのいい人。そう思ったわたしは、「いやー、実は四国一周していまして……」聞かれもしないのに自己紹介を始めた。
「よかったらウチに泊まっていけば?」
そんな言葉を引き出したかったのである。
だってぇ、人恋しかったんだもん。今回はできるだけそういったことを求めないようにしてきたが、正直もう限界なのである。
しかしさり気なく粘ってみるも、結局、待望の言葉は出てこず。その代わり無料のキャンプ場を紹介してくれた。この先の河川敷にあるそうだ。
しゃーない。諦めますか。これ以上粘る気力なんてないし。
自転車歩道となっている堤防の上をずんずん進んでいくと、左手にそのキャンプ場が現れた。大型テントがポツポツと点在している。
よし、今日はここに泊まろう。そう決意して自転車を漕いでいく。とにかく誰でもいいから話をしたいのだ。
でもやや不安。キャンプ場とはいえ、見えるのは一面吹きさらしの草地。雨を防いでくれる、東屋みたいな建物がどこにもないのである。
さて、どうしよう、と思案している間に通り過ぎてしまった。
まあ、いいか。この先には、世界初のトンボ保護区として誕生した「トンボ自然公園」なるものがあるらしい。病院の駐車場にいた、どこかのママさんたちに詳しい場所を訊いて向かった。
ところが着いた公園は、やけにきちんと整備され、何か(多分トンボ)の資料館のある公園だった。
ここ、泊まっちゃっていいんでしょうか? トイレ、水場、そして広々とした東屋。申し分のない条件なのに、明らかに一般的な公園とは一線を画していたため、わたしは大いに戸惑った。
……えーと、やっぱキャンプ場へ。雨、降らんでしょう。
と、その前に、スーパーへ。堤防に上がったところで、ちょうどペットボトルの水が底を尽いていた。喉はすっかりカラカラなのである。
わたしは、人一倍水分補給に神経を遣っている人間である。普段ならこういった危機的状況に陥ることはまずない。そうなる前に必ず何かしらの手を打つはずだ。
じゃあ、どうして飲み物が切れたのかって?
答えは簡単。意地でも値段の高い山の中のスーパーで買いたくなかったから。わたし、損した気分になるのがほんと嫌なんですよ。
久しぶりに目にする、多くの車と人が行き交う光景に心底ホッとする。知り合いなんて一人もいないのに、誰かがいるというだけで妙な安心感があるのだ。やはり人間は、一人で生きていけない動物なのであろう。
ああ、街がいい。街がいい。わたし、人里離れた場所には住めそうにありません。
フジグランという、小型のショッピングモールみたいところに到着。一角にはフジというスーパーがあると、トンボ公園の場所を教えてくれたママさんたちから聞いていた。
無性にコーラが飲みたい。一・五リットルのペットボトルを購入。百七十八円ナリ。
体は、脂分も欲していた。特売になっていたコロッケ三つも。今日は、朝出る時とお昼に食べた菓子パンが食事のすべてだ。
通路のベンチに腰掛ける。コーラで喉の渇きを癒した後はコロッケ。
うまい、うまい。あっという間に三つ平らげた。
食後は少し散策。エスカレータで二階に上がると、本屋を見つけた。
おお。たちまちテンションが揚がる。よし、明日はここに来て、本でも読んでのんびりすることにしよう。実は明日は一日、四万十市でのんびりすることに決めている。というのも、この先には、激しいアップダウンがあるという足摺岬が控えているから。疲れた体を癒して万全の態勢で臨みたいのである。
というのが、理由の半分。残りの半分は精神面。ここ最近つとに抱いている、次から次へと進むわが旅のスタイルに、強く違和感を覚えてしまったのである。自分でもうまく説明できないのだが、なんだかその場所をただ通り過ぎているような気がしてならない。なんというか、もっと一つの街にちゃんと滞在して、いろいろなものを見ないともったいないのではないか。そんな気がしてならない。
とはいえ、それが本当に時間の有効活用につながるのかは疑問。逆に無駄にするような気がしないでもない。
はーっ。自分にはどんなスタイルが合っているのやら。是非とも、誰かに教えてもらいたいものである。
そんな思索に耽っていると、いつの間にか辺りは暗くなり始めていた。
やっべー、急がないと。慌ててキャンプ場へと自転車を走らせた。

四万十川を望むだだっ広いキャンプ場では、一組のカップルがテント設営の真っ最中だった。色黒でタンクトップ姿の、二十代後半と思しき男女。なんだか、夏フェスにでもいそうなカップルである。
当然、声をかけた。神奈川から車で四万十川を見にやって来たと教えてくれた。
「もしかして夏フェスとかに行きません?」気になったので訊いてみる。
「ええ、よく行きますよ」男性が笑顔で答えた。
あはは。やっぱり。
ここでわたしが、沈下橋からダイブしたという、とっておきのエピソードを披露する。
「それ、やりに来たんですよ!」途端に男性が目を輝かせ、鼻息荒くして言った。
嬉しいなあ、そんなに強く反応してもらえるなんて。こっちも話した甲斐があったというものだ。是非ともやってください。
四万十川談義に花が咲き始めたことに気をよくしながら、更に話を続けていく。
それなのに、だ。なんと、二人はこれから温泉に入りに行くというではないか。
あ、いやその、わたし、全然話し足りないんですけど……。
もちろんそんなこと、口に出せるわけないんですが。
寂しい気持ちで二人と別れた後は、わたしもテントを設営。備え付けのテーブルと椅子のそばに張った。そして次は入浴。今日も四万十川。着換えを持ち、てくてく歩き始める。
ところがなぜか、行く手を大きな池が阻んでいた。おそらく増水時にできた、大きな水溜りみたいなものなのだろう。暗い中、ぽっかりと大きく口を開けている。困ったなあ。これでは川にたどり着けないではないか。
しばし逡巡してここで済ませることに決めた。でも入るのに、勇気がいるなあ。だって薄く濁っているんだもん。
ええい、入ってしまえ。ザブンと浸かって、すぐに出た。
アルコールを求めてマルナカへ。さっきツーリングマップルで発見していた。ちなみに、フジグランからは五百メートルほどしか離れていない。
着いたマルナカは、まだ新しい外観だった。フジグランより後に建てられたのは一目瞭然である。そして中に入ると、なぜか食料品だけではなく衣料品やゲームコーナーなどがあった。商品構成は、フジグランと大差はない。
これではっきりした。明らかにフジ潰しだ。マルナカが恨みを持つのはサンシャインだけじゃなかったのだ。
一体、何があったというんでしょうか。
三五〇ミリリットルのドラフトワンとチップスターを買って戻ってくる。
色黒カップルのテントに明かりはない。どうやらまだ帰っていないようである。
あーあ。思わずため息。肩も落とした。今夜は、お酒を飲んで盛り上がろうと思っていたのになあ。
やや暗い気持ちでテントに入る。
仕方ないのでラジオを相手に晩酌した。
午後九時近くになったところで、急激に眠くなってきた。というわけで、寝る態勢に入る。
いやでも、もう一度だけ。外を覗いて、色黒カップルのテントに目を向ける。
依然暗いままだった。
もういいです。諦めます。
わたしは一つため息をついて、そっと目を瞑った。

人の話し声で目が覚める。大きな木を隔てた向こう側から聞こえていた。
嫌な予感がしたんだよなあ。暗闇の中、そっと嘆息をつく。夕方そこでは、若者たちが輪になって賑々しく夕食を摂っていた。「ひょっとしたら……」秘かに危惧していたのが見事に的中してしまった形である。あーあ。やっぱ、トンボ公園にしときゃよかったかなあ。
時刻を知るため、ケータイに手を伸ばす。午後九時五十分だった。
一時間しか、眠れていない。
夜のキャンプ場って思ったより音が響く。耳栓をしていても、それを軽々と突き破ってくる笑い声がなんとも腹立たしい。あー、うるせえなあ。注意しに行くかどうか考え始める。
そうだよなあ。夜に静かにするのはキャンプ場のマナーだ。わたしは一つも間違っていない。悪いのはどう考えたってアイツらなのだ。
そして、そうこうしている間にも話し声はひっきりなし。
あー、うるせー。あー、うるせー。あー、うるせー。あー、うるせー。そしてもう一つ、あー、うるせー。これじゃあ、いつになったら眠れるかわかりゃしない。
よし、決めた。十時になってもやめなかったら注意しに行こう。
ケータイを手にしてにらめっこ。二分前、一分前、三十秒前。後もう少し。そして、いよいよ十時――。
ところが、なぜかここで話し声がピタッと止む。さっきの喧騒が嘘のように辺りは一気に静寂に包まれた。
どうやら午後十時就寝のようである。
うーむ。嬉しいような悔しいような。なんだかとっても複雑な心境である。
ま、きっと、これはこれでよかったんだ。わたしだって、注意して嫌な気分なんかになりたくはない。
でも、怒りのぶつけどころかなくて欲求不満かも。
気持ちを落ち着かせ、目を瞑る。
すぐに睡魔がやって来てくれた。

【2015/06/16 10:52】 | 2011年8月
|
目が覚めた時には、午前六時だった。ということは、十時間以上も寝た計算になる。
でもまだ眠い。ついでに体も重い。そして外に目を向けると、ポツポツと雨が落ちていた。
うっわー、マジかよ、という焦りの気持ちよりも、嬉しい気持ちの方が強いかも。
だって、雨なら堂々と停滞できるじゃないですか。自分に対して言い訳が立つじゃないですか。正直、今日は走る気分じゃないんだよねー。
よおーし、今日はここにもう一泊だ! テントの中で一日ゴロゴロするぞー!
そう思った途端、元気が出てくるというのだから不思議なもん。どうやら、よっぽど走りたくなかったようである。
トイレで用足し。テントに戻ってくる。横になり、おぼろげな頭でラジオに耳を傾けていると、なぜかまったく同じ音が外から聞こえてきた。誰か散歩をしながらラジオを聞いているとか? 
試しに手元のラジオを切ってみる。やけに外の音が大きかった。一体何事よ。恐る恐るテントのジッパーを下ろし、ゆっくりと外の様子を窺う。
驚いた。公園内のどこかにスピーカーが設置されているらしく、そこからラジオの音が流れていたのだ。
早朝、人気のない公園で流れる大音量のラジオほど、不気味なものはない。近隣の住民から苦情はこないのだろうか。もー、怖過ぎるよ、これ。
そうこうしているうちに、ラジオ体操の番組が始まった。「♪あーたーらしーいあさがきた」、なーんてやっている。
いやーな予感。もしかしてここにたくさんの人が集まってラジオ体操をやるとか? ありえない話ではない。
ところが身を固くしてジッと待ってみるものの、人がやって来る気配はない。
それにしてもうるせえなあ。耳栓がまったく通じないほどの大音量なのだ。
嫌だなあ。困ったなあ。このまま一日鳴りっ放しだったらどうしようかなあ。今日はこれから二度寝、三度寝、いや気の済むまで寝るつもりだったのだ。
暗い気持ちのまま、そんなことを頭の中で巡らしていると、突如、何の前触れもなくプッツリとラジオの音が切れた。
なによ、これ。一体何の悪ふざけなのか。まったくもって意味がわからない。
まあ、いいけどね。これでゆっくり休めるのだ。
安心しためか、急激に瞼が重くなる。昨日一日走っただけなのに、相当疲れが溜まったようである。思うように力が入らない。そのままウトウト。
どのくらい眠っただろうか、暑くて目が覚める。全身がじっとりと汗ばんでいた。テントの中から上空を見上げると、少し青空が見えていた。どうやら雨は上がったようである。
でも困るんだよなあ。せっかくテントの中でのんびり過ごそうと思っていたのに。とはいえ、こんなに暑くては到底無理でしょう。
しゃーない。今日も走りますか。しばし考えてそういう結論に至った。静かでなかなかよいところだったのになあ。誠に残念。

いつもより遅い午前十時に出発。
まずは、サンシャインでペットボトルの水を購入。もったいない気もしないでもなかったが、昨日は一日、飲料用の水を汲めなかった。普通の水道水を飲むなんて勇気、わたしにはまだないのです。
さて、国道三八一号線に出ますか。途中までではあるものの、国道三八一号線は四万十川に寄り添うようにして延びている。つまりここを走っていれば、自ずと常に四万十川を眺めることができるのである。
言い忘れていましたが、わたしが今回走るのは、全長百九十六キロにも及ぶ、四万十川の中・下流域沿いとなる百キロほど。ゆっくり堪能したいので、今のところ二日間かけて走る予定。
併設された花屋で、「国道三八一号線に出るのにはどう行けばいいのか」と尋ねる。
すると女性店員が、「そこですよ」目の前の道路を指差してきた。
あらまー。これは失礼。どうりで怪訝そうな顔をするわけですな。
それにしても脚が上がらない。認めたくはないが、太腿は完全に筋肉痛。やはり昨日の七子峠はよほどきつかったようである。今日はあんまり頑張りたくない気分。
しばらく進むと、左手に川が現れた。日本最後の清流と謳われている、四万十川である。
「おおーっ」
これが、かの有名な四万十川ですか。そう思っただけで、勝手にテンションが揚がってくる。
まず目を奪われたのが、両岸に生えている草木に手が加えられていないこと。伸び放題。荒れ放題。大きな石も転がり放題。つまり護岸工事がまったくなされていないのだ。
よくよく考えてみれば、これが川本来の姿なのである。なんだか目からウロコが落ちていくような心境。コンクリートで固められた川を見慣れたものにとっては、とっても新鮮な光景なのである。
浸食具合から察するに、今日の水量はさほど多くはないよう。緩やかに流れていく川が、背景と化した緑の山々と相俟って、なんだか見ているだけでとっても穏やかな気持ちになってくる。
いいなあー。気持ちいいなあー。久しく忘れていた、子供の頃には当たり前だった、ゆったりとした時間経過の感覚が蘇ってくる。
大人になると、どうしてこうも一日が猛スピードで過ぎていくのか。
四万十川、日本人の心のふるさとでしょう。
ここに来て本当によかった。
心からそう思った。

沈下橋が見える。ダムの放水や雨量の急激な増加によって水量が増えた際、橋を倒壊させないように水の下に沈めることを意図して作られた、欄干のない橋である。四万十川にはこの沈下橋が本流、支流合わせて四十七もあるという。ちなみにこのような形状の橋も、他県では「潜水橋」とか「もぐり橋」などと呼ばれている。
目えた沈下橋は「上宮沈下橋」という名前だった。それを渡るため、一時、国道を離れる。沈下橋初体験である。
実はこれ、やってみたかったんだよねー。ガイドブックにはよく、晴れ渡った空の下、沈下橋を自転車で渡る写真が掲載されてある。これがとっても気持ちよさそうで、秘かに憧れていたのだ。
で、挑戦。通常あるはずの欄干がないため、少し怖い。誤って落ちでもしたら目も当てられない。
緊張感を保ちつつ、ハンドルをしっかり握って一気に通過――。
堪能する余裕、ありませんでした。
川に下りて足を浸すため、自転車を停める。もちろん四万十川も初体験。
どの程度綺麗なのか正確なことはわからないが、とにかく綺麗。入れた足はもちろんのこと、川底までしっかりと見えた。
やはり高知には綺麗な川が多いよなあ。橋の上から見ることしかできなかったが仁淀川に新荘川。高知市街を流れる鏡川。そして野良時計そばの知らない川。今回の旅では、「高知=清流」。わたしの中にはそんな図式がすっかり出来上がっていた。
巨石の上に腰を下ろし、少し離れた場所から沈下橋を眺める。続いて橋の上に座り、やや大事な部分を縮み上がらせながら、陽光に輝く川面も眺めた。
「四万十川に来たんだ」「沈下橋に来たんだ」
強くそう実感したかったのだ。
再び国道三八一号線。少し進むと、「海洋堂ホビー館四万十川」の案内看板が現れた。海洋堂は、精巧過ぎる食玩フィギアで一躍名を馳せた、日本を代表する模型制作会社である。どうやら脇道に入っていけば着くようだ。
でも、行かないんですけどね。面倒臭いし。それにどうせお金を取られんでしょ(後で知ったら八百円。寄らなくて正解でした)。
橋脚が丸みを帯び、さらに床板の下部が曲線を描いているという、ユニークな「上岡沈下橋」も往復しておく。渡っておかないとなんだか損した気分になるんです。

木の素材をふんだんに生かした道の駅「四万十大正」に到着すると、いきなりその佇まいに魅せられた。癒しや温もりが感じられ、なにやらとっても好感を覚えたのだ。
泊まりてえー。まだ二十キロしか走っていませんが。そしてまだ正午過ぎですが。
さすがにこれは早過ぎでしょう。いやでも、ほんと落ち着くんだよなあ、ここ。
ちなみに今日の目的地は、次の道の駅。ここから二十キロ先なので距離も時間も手頃である。と言いつつ、まだ迷っているんですけどね。
とりあえず保留。味のある木製階段を使って裏手にある四万十川に降りてみる。するとそこでは、小さい子供や大人たちが笑い声を上げながら、水遊びの真っ最中であった。実に楽しそうな光景である。
入りてえー。実はわたし、四万十川沿いを走ると決めてから、四万十川をお風呂代わりにするのが秘かな夢だったんです。ここ、絶好の入浴ポイントでしょう。
道の駅に戻り、情報館というところで、「これ、壊れているんじゃないの?」と思ってしまうほど、恐ろしく接続の遅いネットをやった後は、観光案内所のおばちゃんとおしゃべり。
「どうして山に向って走っているのに、道は下っているんですか?」わたしが訊く。
山の方向に進んでいけば、通常道は上りになるはずなのだが、ここまで走った限りではまるでそんなことはなく、むしろ緩やかながらも下っているという不思議な現象に出くわしていたのだ。これは朝からずっと抱いていた疑問である。
「そうなんですよ」たちまちおばちゃんは、よくぞ訊いてくれました、といった顔になった。「みなさん、そうおっしゃるんですけど、四万十川は大きく蛇行しているんですよ」話し終えると、今度は満足そうに頷いた。
そうだった。すっかり忘れていた。
高知県津野町の不入山(いらずやま)に源を発している四万十川は、幾つもの渓流や支流を集め、激しい蛇行を繰り返し、山々の間を抜けて太平洋に注いでいる。日本の大河にしては、珍しい動きのする川なのだ。
最初、地図を見た時、四万十川沿いを走るなんてとんでもない無謀行為に思えた。これだけ内陸に入り込んでいるのだ。どんだけキツイ坂が待ち受けているかわかったもんじゃない。気持ち的には十メートルくらい後ずさりした記憶がある(後でよく考えてみたら、下流に向って進んでいるのだから当然道は下りになるはず。しかしその時のわたしは、あまりの蛇行ぶりに軽いパニックを起こして冷静な思考を持ち合わせていなかった)。
でも、そんな常識を覆してしまうのが四万十川のすごいところだ。
ネガティヴ思考のわたしには珍しく、さっきから褒めてばっかりである。
きっと、四万十川に魅せられたということなんでしょうね。

道の駅の向かい側には轟公園。案内所のおばちゃんから、「もし泊まるんならそこにすればいい」と勧められていた。
でもわたし、道の駅でもいいんですけどね。そこそこ広い軒下があって……。
いや待て。わたしは人の厚意を無にしないタイプの人間だ。軽く受け流すなんてひどい行為、できやしない。とりあえず行くだけ行ってみることにした。
「うわっ。なんだよ、これ!」
わたしは着くなり声を上げた。目にした公園、というより小さな広場の奥には、大きな屋根のついた屋外ステージがあったのだ。これなら万が一雨が降っても問題はない。こんな好条件の野宿ポイント、そうそうお目にかかれるものじゃないのだ。
これを見てテントを張らずに素通りする奴がいたら、わたし、切腹してやってもいいぞ。
ほれ、いるならさっさと連れてこんかい。
なんかわたし、変なことを言い出しちゃいました。
いや、なんかもう嬉しくて仕方がないのですよー。嬉しさのあまり頭おかしくなっちゃったんですよー。
ともあれ決定! やっぱり先へと進まず今日はここに泊まろう! 
そうと決まれば後はのんびりするだけ。まだ午後二時を回ったばかりだが、情報館の一角にある誰もいない休憩所へと上がり込む。中央に囲炉裏のある、和の風情漂う四畳半ほどの畳敷きの休憩所だ。畳を変えてまだ日が浅いのか、ほのかに井草の香りがしてきた。
わたし、好きなんですねー、この匂い。なんか嗅いでいると気分が落ち着くんですよねー。天然のアロマテラピーみたいなもんでしょうか。日本人に生まれてよかった思える瞬間である。
壁際にテント用マットを敷いて、その上に寝転がって日記に読書。しばらくすると、我慢しきれないほどの睡魔がやって来た。
やはり昨日の疲れが残っているのだろうか。薄らいだ意識の中でぼんやりと思う。すでに今日のお風呂と寝床は決まっている。不安材料は一切ない。心置きなく寝てもまったく問題はない。
そんなことを考えていたら、安心したのか、とろけるように意識がなくなっていった。
三十分ほどして目が覚める。おかけでけっこうスッキリ。体を起こすと、囲炉裏を挟んだ反対側に男性。横になり、腹の上で手を組んで目を瞑っている。
わーお。いつの間に。全然気づかなかったぞー。でもここ、寝る場所じゃないんだけどなあ。
自分もやっておいて言うのもなんですが。
きっと人がしているのを見ると、「じゃあ、わたしも」と他の人も真似しちゃうんだろうね。
とりわけ、周りの目を気にしやすい、日本人にその傾向が強いように思う。その点、外国人(特に欧米人あたり)なら頓着せず、堂々と横になるだろう。中には、「いい場所、見っけ」と大の字になって高いびきをかく奴だっているはずだ。
えーと、偏見でしたら謝りますので。
寝そべって日記の続き。途中ネットをやったり、近所を散歩。
そうこうしているうちに、閉館時間の午後五時が迫ってきた。走らなかったとはいえ、なんだかやることがけっこうあった。充実した午後だったかも。

案内所のおばちゃんに深く礼を言い、轟公園へ向う。急な階段を上り、まったく手入れの行き届いていない緑の芝生を渡り、屋外ステージへ。
はーっ。見れば見るほど幸福感が湧き起こってくる場所である。優に十張りは張れそうなスペースを、一人占めにできるのだ。そりゃ笑いもこみ上げてくるでしょう。嬉し涙も流すでしょう。
いえ、さすがに嬉し涙はウソでした。
でも嬉しいことには間違いない。浮かれ気分で、ステージのど真ん中にテントを張ってやった。
観光案内所のおばちゃんからは、トイレの横にシャワーがついているというとっておきの情報も得ていた。しかも無料だという。
でもほんまかいな。こんな長閑な田舎町の公園に、そんな立派な設備があるとはとても思えないんですけど。
とはいえ、おばちゃんが嘘をついているようには見えなかったしなあ。そもそも、しがない旅人を騙して何の得があるのかという話なんですが……。
半信半疑のまま、とりあえず行ってみる。すると、たしかにそこにはシャワーがあった。しかも水だけかと思いきや、なんとお湯も出た。
わーお。マジかよ。信じられないので思わず二度見した。
まさか本当に存在するなんて。野外ステージにシャワー設備。どんだけ旅人に優しくすれば気が済むんだよ、この公園。あまりのもてなしぶりに、すっかりわたしは呆気に取られた。
しかしその一方で、うろたえていた自分もいた。いやだって、今日は四万十川でお風呂を済ませると決めているのだ。こんなシャワー、あっても意味がないのですよ。でも、もったいない話といえばもったいない話だよなあ。
念のため、頭の中に天秤を浮かべ、両端に「四万十川」「シャワー」を置いてみる。しばらく上下動を繰り返した後、ピタッとそれは止まった。「四万十川」がやや重かった。
理由は、この先シャワーを浴びる機会はいくらでもあっても、四万十川を風呂代わりにする機会は二度とないと思ったから。いやでも、けっこう悩みましたよー。
着換えの入ったレジ袋を手にして四万十川へ。道の駅の裏手にある階段を降りていく。大きな岩に飛び移り、無事に川岸に到着。
おもむろに辺りを見回す。見事なまでに静か。先ほどまで賑わいを見せていた四万十川も、今や人っ子一人いない。聞こえてくるのは、川のせせらぎと何かの鳥の鳴き声のみ。空一面曇り空のためか、なんだか深山幽谷の趣がある。
いつものように、シャツとカーゴパンツを脱いで入浴態勢に入る。いざ川の中へ。ジャブ、ジャブ、ジャブ。中央ほどまでやって来た。この辺りは流れがやや急。油断するとすぐに体を持っていかれそうだ。こんなところで流されたら誰も助けてくれない。慎重に川の中へと腰を下ろす。水は全然冷たくない。
おおーっ。今おれ、四万十川に入浴しちゃっているよー。
たちまちえもいわれぬ幸福感が湧き起こってきた。
嬉しいなあ。
こんな経験、一生に一度だろうなあ。
パンツ一丁でしばし喜びをかみ締めた。
うつ伏せ、仰向けになり、隈なく全身を濡らした後は、周囲の景色を堪能するため、岩を背にしてもたれかかった。腰から下は川の中。
眼前には、岩の間を縫うようにして清き四万十川。そして、今わたしはその一部だ。
続いて、やや視線を上げる。こんもりとした濃緑の山々が悠然と広がっていた。
はーっ。思いっきり息を吐いてみる。
なんだかそんなことをしてみたくなったのだ。
おそらくこの瞬間、地球上にいる人間の中で、自分はかなり幸せな部類に入るだろう。自信を持ってそう言えることが嬉しい。
目に焼き付けるつもりで、ひたすら景色を見続ける。
「今わたしは四万十川に抱かれている」
そう強く感じながら。

買い出しのため、一・三キロ離れた大正商店街へ。「大正」という名前は、昔ここが大正町だったから。ちなみに、現在は合併して四万十町大正町となっている。もう一つちなみに言うと、やこしいことに高知県には、「四万十市」と「四万十町」がある。しかも、隣接しているというのだから紛らわしいことこの上ない。
で、ここで思い出すのが、釧路である。そう、釧路湿原で有名なあの北海道の釧路である。
突然ですが、ここで問題。みなさん、釧路の自治体の単位は何かご存知だろうか。
「なんだよ、なめんじゃねえぞ。それくらい知っているわい」そんな憮然とした声がどこからか聞こえてきそうだが、答えはそう、「市」である。ところが答えはもう一つある。実は、「町」も正解なのだ。
「えっ。そうなの?」多くの人が驚きの声を上げる姿が容易に目に浮かんでしまうが、間違いないのだから仕方がない。北海道には、「釧路市」と「釧路町」の両方が存在するのだ。
昨夏、北海道一周にチャレンジしていたある日のこと、疲弊しきった体を引きずるようにしてわたしは釧路市を目指していた。「とにかく一刻も早く着いてのんびりしたい」その一心だけで、疲れた体にムチを打ち、重い脚で懸命にペダルを踏んでいた。
しばらくすると、待望の、ここが釧路であることを示す、標識看板が現れた。それを目にした瞬間、わたしは大いに安堵した。後は、どこか落ち着ける場所を見つけてゆっくりするだけだ。そう思い、気力を振り絞ってペダルを踏み続けていた。ところが数分後には、それはぬか喜びと変わっていく――。
えーと、もう充分オチはわかっていると思いますが、すいません、どうか最後まで書かせてやってください。
釧路は道内でも大きな街だ。ところが進めど進めど、それらしき風景は一向に現れてこない。道の両側には、鬱蒼とした林が広がっているのみなのだ。
「さすがこれはおかしいでしょう」そう思ったわたしは、道端に自転車を停め、ツーリングマップルを広げた。
すると、わたしはたまげた。なんと、釧路市の隣に釧路町なるものがあるではないか。
んな馬鹿な。信じられなかったので、目を擦ってもう一度見てみた。しかし、やはりそこには釧路町の文字。
実を言うと、先ほど見た標識看板には、ちゃんと「釧路町」とか書かれてあった。しかし、「釧路は『市』でしょう」百パーセントそう決めつけていたわたしは、「きっとこれは何かの間違い」そういうことにして通り過ぎていたのである。
ああ、思い込みって恐ろしい。
そんな、苦々しくも懐かしい記憶を思い出しながら、「本当にこんなところに人が住んでいるの?」、と言いたくなるような、ただ古い民家が建ち並ぶだけの閑散とした通りを進んでいく。やけに和の趣のある土佐大正駅が右手に現れた。せっかくなので寄ってみることに。
ベンチに座っていた、イチャついている地元の若いカップルを横目にホームへと上がる。現在使用されている時刻表があって驚いた。
うそ。ここ、今も使われているわけ? すこぶる鄙びた駅舎だったので、廃駅かと思い込んでいた。
駅前では、三十代の男性がデジカメで駅舎を撮っていた。横には大型ハーレー。見ると横浜ナンバーだった。
おお。わたしと同じ旅人ですか。横浜からならかなりの距離だ。久しぶりに仲間を見つけて嬉しくなったわたしは、声を弾ませながら話しかけてみた。
「こんにちは! 横浜からですか?」
「いえ、広島からです」
違っていました。
なんでも、バイクを購入したのは横浜だが、その後広島に転勤となり、ナンバープレートを付け替えていないそうである。
そうだよなあ。よくよく考えてみれば、横浜ナンバーだからといって必ずしも横浜から来ているとは限らないのだ。
どうやらわたし、思い込みの激しい人間みたいです。
この方、昨日、七子峠で話をした安芸のおじさん同様、話好き。「ちょっと軽く立ち話」と思って声をかけたら、三十分以上も話し込んでしまった。いやわたし、五分程度でよかったんですが……。
キリがないので、さりげなく話を切り上げることに。すでに辺りは暗くなり始めている。
おそらく、この辺りには一軒しかないと思われる、個人商店のような小さなスーパーに入る。一・五リットルのペットボトルのコーラが三百四十円で売られていてギョッとした。街中のスーパーと比べると倍の値段である。
山の中で、いかにジュース類が貴重品かわかりました。

特売になっていたかっぱえびせん(でも百五円)、三五〇ミリリットルののどごし生を買って轟公園に戻ってくる。
少し汗ばんだ。シャワーを使ってみることにした。せっかくだしね。
おお。マジで使えるよ! ちゃんとお湯も出るし! わたしは大いに感動した。
しかも、無料というのだからほんと轟、いや驚きだ(ちょっとシャレてみました)。
住める。ここなら住める。明日発つのが、本当に惜しい。
ここに長期滞在する理由、ないのだろうか。
真剣に考えてしまった。 
それにしても、こんな素晴らしいところなのに、誰一人この公園にやって来る者はいない。昼間、覗いたときにもちらほら見かけただけだ。
小さな声で言いますが、旅人の方、ここお勧めですぞ。
テントの中に入り、発泡酒を飲みながらかっぱえびせん。
食後はすぐに横になった。雲一つない晴れ渡った空ならさぞかし満天の星が見えるだろうに、悔しいかな一面の曇り空。星なんて一つも見えやしない。
でもいい。なんていったってこんなに静かなのだから! 
花火の音に悩まされないというだけでどんなに幸せなことか! 
いや、これが普通なんですけどね。あいつらめー。せっかくいい気分だったのに、高知市での夜を思い出したら、なんだか無性に腹が立ってきた。
はーっ。無駄に損した気分である。
昨日に引き続き、今日も早目の就寝。
目を閉じる前にケータイを見たら、午後八時を回ったところだった。

【2015/06/16 10:48】 | 2011年8月
|
午前五時、今朝も、年配者たちの元気一杯の声で目が覚めた。まったく望んでいないのに、すっかり目覚まし代わりになっている。
結局、昨晩は、午前一時過ぎに花火の音で一度叩き起こされただけ。すぐさま五回目の通報を入れて横になった。もう少し大騒ぎするのかと思っていたら、意外と小騒ぎに終わったので正直、拍子抜けの感。
賑やかな声が聞こえてくる中、寝ぼけ眼をこすりながらトイレへと向かう。
年配者の方々、あんなに大声で話ができるのだから、さぞかし健康なんでしょうね。小便器に勢いよくオシッコを放出しながら、ふと思った。
でもね、わたしとしてはもう少し小さな声で話して欲しいんですよね。正直、うるさくて仕方がないのである。
しばらくテントの中でウトウトしていると、話し声が遠ざかっていった。先ほどまでの騒々しさがウソのよう。辺りは一気に静寂に包まれた。どうやら帰ってくれたようである。
ケータイに目をやると、午前五時半。三十分ほどいた計算になる。
すいません、ぜいたく言っちゃっていいですか?
こんなに早く帰るのなら、もう少し遅い時間に来て欲しいんですよねぇ。たとえば六時半とか。それならわたしもそのまま起きるので問題はない。
大体、寝る時には花火の音、そして目が覚めた時には話し声なんて、わたしがかわいそ過ぎでしょう。どうしてこんな目に遭わなきゃならんのか。一体わたしが何をしたというのか。高知では、完全に安眠の神様に見放されている。
今日は、一週間振りに先へと進む。いよいよ再スタートを切る日なのだ!
って、雨で三日間足止めを食らった、海陽町でもそんなこと言っていたんですけどね。でも、走り始めて早くも三日目で、今度は高知市で停滞。しかも一週間も。
ま、一日一日が新しいスタートと言えなくもないし……。
そう考えれば、わたしの言うこともあながち間違いではないし……。
そういうことに致しましょう。
しばらく高知市に滞在すると決めてから、「よさこいまでまだ三日もあるじゃん。一体その間どうやって過ごせばいいんだよ」、と大いに頭を抱えたわたしであったが、終わってしまえばそれもなんてことはなかった。実にあっという間だった。見事に不安は杞憂に終わった。
きっと、今回の四国一周の旅もこうして過ぎていくのだろう。道中、いろいろなことが起こるかもしれないけれど、終わってしまえばあっという間なのだ。
そしてそれは、人生も同じだ。生きている間は楽しいことばかりではない。いや、むしろ辛くて苦しいことの方が多いだろう。どこにも希望の光を見出せず、一日一日がまるでカメの歩みのようにノロノロと過ぎていくのを実感することもあるだろう。それでも死ぬ間際に思うことは、「人生はあっという間だったなあ」ということだ。
どんなに希望に満ち溢れた人生であろうと、絶望に打ちひしがれた人生であろうと、すべて一瞬の出来事。だから人は、今置かれている状況を悲観しても仕方がない。そんな現実を、受け入れて生きていくしか他ないのだ。
ひとしきり悟りを開いたところで、出発の準備に取り掛かる。いつものように一時間で終えることができた。

午前七時、野崎さんに似たおじさんにお世話になったお礼を述べ、自転車に跨る。薄暗い松林の中を延びる遊歩道を進んでいくと、たくさんのファミリーテントが目に入った。家族連れ、仲間同士。みなさん、とっても笑顔。わたしにとっては生活の一部と化しているキャンプも、彼らにとっては立派なレジャーなのだ。
はーっ。なんだか楽しそうで羨ましいですね。わたしにはすっかり縁遠くなった世界である。どうして一人旅は、かようなまでに寂しいものなのか。
毎日のように通っていた狭い路地を抜けていく。こんな早朝、誰もいない。ここを通ることは二度とないだろうなあ。そう思ったら自然とため息。寂しさも募ってきた。
わたし、朝から気弱です。
暗い気持ちを反映してか、空はけっこうな曇り空。所々に、濃い灰色の雲がぽっかりと浮かび、いつ降り出してもおかしくない空模様であった。
アスファルトが黒く濡れていることに気づく。水溜りも出来ていた。どうやら昨晩のうちに、雨が降ったようである。
そういえば、高知滞在中はまったくと言っていいほど雨に降られることはなかった。これはよかった点。あんな海っぺりの東屋、一度降り出せばいとも簡単に雨が吹き込むのは火を見るより明らかなのである。
そう考えたら、案外快適なキャンプ生活だったのかも。馬鹿たれどもの花火がなければ、もっと快適だったのは言うまでもないですが。
今日は、国道五六号線をひたすら西進。途中、いくつか道の駅があるようなのでそのどれかに泊まる予定。ちなみにこの五六号線は、高知市から愛媛県松山市の間を結んでいる。
丁字路の交差点でブレーキをかけ、自転車の上からしばし思案。右へ行けば高知の繁華街、左に行けばこれから向かう須崎方面だ。
高知市にはもう用がないので、当然左にハンドルを切ればいいだけの話なのだが、実はわたしは迷っていた。先に洗濯を済ましておきたいのである。もう着換えがないんだよねぇ。
北海道や九州とは違い、四国では驚くほどコインランドリーを見かけることが少ない。これから走る国道沿いにあればまったく問題はないのだが、これまでの経験上、ない可能性は充分あり得る。見つけた時に済ませておくのが最良の選択なのだ(洗濯だけに。あはは)。
さて、どうしましょう。朝起きた時点では、高知駅北口にあるイオンモールのコインランドリーでするつもりだったのだが、生憎それは須崎方面とは逆側に位置している。つまり、洗濯するためには、わざわざ往復しなければならないのである。自転車で旅をしている人なら大いに賛同していただけると思うが、来た道を戻ることほど損した気分になることはない。
えーい! 勝負でしょう! 須崎方面へとわたしはハンドルを左に切った。今日中に見つかればいいのだからなんとかなるはずだ。ここは日本だし。
今朝、ツーリングマップルを見たら、国道五六号線は、周囲には何もないような道路に思えた。でも、実際に走ってみると大型店舗が多く点在していた。しかも、車道も歩道も広いのでどちらを選んでも走りやすい。おまけに、緩やかではあるものの総体的に下っている感じである。
うれしいなー。とっても気分がいいやね。朝、胸の中を覆っていた暗い気持ちもすっかり消失。こんなことで機嫌がよくなるのだから、まったくわたしは安上がりな人間だ。

懸念のコインランドリーを探しながら、自転車を漕いで行く。でも見つからない。うー、焦燥感。ここは人に訊いた方が早いか。そう思い、前方を歩いていた若い女性二人組を呼び止めて尋ねる。目の前のトンネルを抜けた先にある、モスバーガーのそばに一軒あると教えてくれた。
わーい。早くも見つかっちゃいましたよー。目の前がパッと明るくなる。願えば叶うもんなんですね。自分の運のよさに自然と頬が緩んだ。
しかし行ってみると、大型洗濯機しか置いていなかった。
「おい、誰が十八キロも洗濯するっちゅうねん」
思わず声に出して言っていた。
仕方がないので、近くにあったローソンに入る。
「それだったら、道路を挟んだ向かい側に一つありますよ」
茶髪の毛先を縦横無尽に遊ばせた、今風の若いニイチャンの店員が、見かけによらず丁寧な口調で教えてくれた。
おお。またしても見つかっちゃいましたよー。なんてわたしはツイている人間なのか。
いや、待て待て。早まるな。すかさず先ほどのことが、わたしの頭の中をかすめた。油断大敵。無駄にがっかりなんかしたくない。
どうか小さな洗濯機がありますように、と祈りながら向かってみると、幸いなことに四・五キロ用で三百円のものがあった。
やったー! 今度こそ心の中で思いっきり歓喜の声。よっしゃー! ガッツポーズも出た。これ以上ないくらい好条件の洗濯機だ。
洗濯している間に、椅子に腰掛け、遅めの朝食。いつものように消費期限のしっかり切れた菓子パン。それを片手に、ツーリングマップルでこの先のルートの確認。食後は日記もつけた。
キュルキュル、キュルキュル。突如、お腹の具合が悪くなる。次第に脂汗も。まったく認めたくはないが下痢の症状である。どうやらまだ風邪は完治していないようだ。そういえば、時折咳や鼻水が出ていた。
そして、そうこうしているうちに事態は一刻の猶予も許されないほど逼迫。気を抜いたら、すぐにでも流出しそうな雰囲気になっていた。
それじゃあ、トイレへ。椅子から立ち上がる。
しかし、トイレはなかった。
おい、うそだろ? サーッと血の気が引いていく。冗談じゃねえぞ。どうして高知に来てウンコを漏らさなあかんのよ。
ともあれ、肛門をキュッと閉め、さっきのローソンへ。恥ずかしながら内股で高速移動を敢行。ほとんど怪しい人にしか見えません。
ローソンに到着。急いでトイレへ駆け込み、パンツを下ろし、軽くふんばる。よし、なんとか間に合った。
ジワー。ほとんど液状の便の放出とともに、心の底からえも言われぬ幸福感が湧き上がってきた。
はーっ。続いて安堵のため息が漏れた。

乾燥を終えた衣服を畳み、コインランドリーを出発。右手にホームセンター「マルニ」。ケータイを見ると午前九時半。もう開いているだろうと思い寄ることに。
ここでは緑色のホース(長さ一メートル)を購入した。百九十八円ナリ。何に使うかは、そのうちわかります。
続いて、すぐそばに業務用スーパーを発見。おお。ちょうどよかった。飲み物が切れそうになっていたんだよねー。ついでに何か安いものがあれば買うことにしよう。
開店時間の午前十時までまだ十五分あった。道を挟んだ向かいにあるスーパーで時間を潰す。
午前十時になったところで、業務用スーパーへ。
うへっ。全然安くないやんけ。買おうと思っていたペットボトル飲料は、普通のスーパーとなんら遜色のない値段なのだ。
ああ、待つんじゃなかった。とっとと先へ進んでおけばよかった。無駄に時間を消費。
それでも、念のため店内を物色。缶ビールや発泡酒をケースごと買っていく人が多いことに気がつく。なるほど。きっとアルコール類は安いのだろう。
おれも飲もうかなあ……。ふとそんな考えが首をもたげる。いやでも、さすがに真っ昼間から飲むのは罪悪感。それに、今日はしっかり走ることに決めている。
せっかく待ったのに、手ぶらで後にするのもなんか悔しい。とくに欲しくはなかったが、ソーセージ四本を百三十八円で買って外へ出た。

土佐市のマルナカで、百四十八円で特売されていたペットボトルのスプライト(一・五リットル)を購入。外へ出て早速、ひとくち口をつける。
くーっ。ベリーうまいっス。炭酸飲料といえば、これまでコーラを愛飲していたが、どちらかといえばわたしはスプライト派。コーラに比べて喉越しがスッキリ、爽やかな飲み口が好きなのである。
ところで、なぜかラベルが発売当初のクラシカルなデザインに戻っていた。
原点回帰? よくはわからないがとにかく懐かしい。わたしが子供の頃に飲んでいた時には、このラベルが当たり前だったのだ。自然と少年時代にタイムスリップ。しばしノスタルジーに浸ってしまった。
朝方はそれほどでもなかった気温も、この頃になるとすっかり真夏の様相を呈していた。依然曇り空ではあるものの、何かの間違いで日が射すと肌がジリジリ焼けていく。
土佐市街を抜けると、片側一車線の狭い道となった。周囲は家屋がポツリ、ポツリ。一気に寂しげな風景。そしていつしか上り坂。ついでに上空も昼間とは思えないほど暗くなっていた。今にも泣き出さんばかり。
なんてことを思っていたら、とうとう雨が落ちてきた。あちゃー、マジかいな。
まあ、でもいいやね。暑いよりはこの程度なら雨の方がいい。かえって涼しくていいかもしれん。
と、余裕でいられたのもはじめだけ。このまま小雨で推移してくれればいいものを、なんの嫌がらせか、次第に落ちてくる雨粒が大きくなってきたのだ。気がついた時には、ザアザア降り。
あっという間に全身ずぶ濡れ。あまりの雨量に視界もほとんどきかない。ひょえー、マジかよー。
ワッセ、ワッセ。それでも、すっかり下がったテンションを引っ張り上げ、懸命に上っていくと、やがて道は下り坂となった。どうやらここからしばらくは下りのようだ。
でも、これはこれで怖いよなあ。激しい雨に打たれながら、わたしは別の恐怖を感じていた。転倒回避のため、できるだけスピードを落としたいのだが、ブレーキをかけ過ぎると、滑って転ぶ可能性があるのだ。いや、あのですね、わたしはゆっくりと下っていきたいのですよ……。
しかしわたしの意思に反し、自転車はどんどん加速。跳ね上げた水飛沫が容赦なくわたしにかかる。ひえー。こんなところで転倒したら、ちょっとやそっとの怪我じゃ済まされんぞ。おら、こんなところで死にたくねえだ。
道の反対側では、どこかのライダーが何かの小屋の軒下で雨宿りしていた。
よし、わたしも雨宿りを、と思いかけたが、なぜか少し先の空が明るかった。もしかしたらあそこまで行けば、この豪雨から抜け出せれるかもしれん。それに今のこの状態では、ブレーキをかけても思った場所にうまく止まれる自信はない。
えーい! 行ったれ! わたしは引きかけたブレーキレバーを緩めた。
猛烈に雨が降りしきる中、猛スピードで坂を下っていく。
「ひぃえー! めっちゃ楽しいじゃん! スリル満点じゃん!」
一歩間違えれば死ぬかもしれない。そんな特殊な状況下に置かれたためか、わたしは異常なまでに興奮していた。
道が平坦になると、まるでそれに呼応したかのように雨は上がった。所々に青空も見える。
さっきの雨は一体何だったのか? 思わず呆然としてしまうほどの変わりようである。ほんと、高知の天気は読めません。

須崎市に入る。新荘川のほとりに、道の駅「かわうその里すさき」があった。どでかいイラスト看板には「四国最大級」の文字。
「最大級」というのが、曖昧でいいやね。「最大」で言い切ってしまうと、何かと問題があるのだろう。曖昧万歳。平和が一番だ。
車で溢れかえっている駐車場に自転車を停め、建物の中に入る。多くの観光客でごった返していた。かなりの賑わい振り。
うっとおしくてややうんざりする。わたしは閑散とした中で、一人静かに見て回りたい人間なのである。
高知の土産物や特産品が所狭しと並ぶ中をブラブラ。目ざとくも、カツオのタタキの試食を発見。すっかり高知では試食行為を鍛えられた。何の躊躇もなく、備え付けの爪楊枝に手が伸びるのが自分でもおかしい。欲張って三切れぶっ差して食べた。
うまい。龍馬殿、やっぱりうまいぜよ。
カツオの豊潤な味わいが口の中に広がっていくこの瞬間、なんて幸せの一時なのだろうか。ううっ。頬が緩む。たかだか試食で、ここまで幸福感に浸れる人間もそうはいないでしょう。今度から、「特技なんですよ」と自慢しよう。
すぐ隣にはカツオのシーチキンのような試食。言うまでもなくそれも。スプーン山盛りにしたのを手の平いっぱいに載せ、頬張った。
うまい。龍馬殿、こちらも負けじとうまいぜよ。
一回では飽き足らず、すぐさま二回目に突入。もちろん今度も手の平いっぱいにして。
試食を越えて、完全に食事の域である。
あはは。我が身の図々しさについ笑いが込み上げてきた。
高知にやって来るまでは、どこか後ろめたい気持ちで行っていた試食も(百パーセント買うつもりはないので)、こうして堂々とやればなんだか清々しい気分になってくる。
なんか、口の中がパサついているなあ。龍馬殿、次は酒が飲みたくなったぜよ。
そういえばさっき、ゆず酒の試飲があったっけ。というわけで、さり気なくそちらへ移動。申し訳程度の小さなプラスティックコップになみなみと注ぎ、グイっと一気に飲み干した。
うー、うまい! ゆずの香りがとっても美味。龍馬殿、もう一杯!
そんな馬鹿なことをやっていたら、今度は白飯が食べたくなった。これがあれば完璧だよなあ。なんだか無性に欲しくなったのだ。
探してみる。
でもなかった。
そりゃ、あるわけないか。少し酔った頭で自分にツッコミを入れる。ともあれ、大満足の試食タイムでした。
壁時計に目をやると、午前〇時半。時間が合えばこのままここで泊まるつもりでいたが、いくらなんでも早過ぎるので、とりあえず次の道の駅を目指すことにした。三十キロほどなので、距離的には大したことはない。
途中、「レストイン琵琶湖」という名前の、営業しているのかすこぶる微妙な感じのドライブイン。と、ここで、土佐と須崎の市境のトンネルが、「新名古屋トンネル」だったことを思い出す。
一体おれは日本のどこを走っているのだ?
焼坂トンネルの入り口脇に、反射タスキが収納された金属製のボックス。
きっと、歩き遍路の人が事故に遭わないようにと設置したものであろう。このタスキをかければ、トンネルを通行する車からもその存在が認識できる。
わが自転車にはテールランプがついている。また、パニアパックには反射塗料も施されている。まったく必要ないのだが、せっかくなので利用してみることにした。どれくらい目立つのか知りたかったのである。
タスキは、リアキャリアの上の荷物を留めるのに使っている、ゴムひもにぶら下げておいた。
そして自転車に跨り、通過――。
どれほど効果があったのか、さっぱりわかりませんでしたな。

道の駅を出てからここまでは、アップダウンはあったもののさほどキツいものではなかった。むしろ、変化があって楽しく感じられたくらい。
おかしいよなあ。自転車の上で思わず首を捻る。高知県の西部は険しい山間部と聞いていた。正直、どれほどのものかとかなりビビッていたのだ。でもこれなら楽勝だ。
と、すっかり気を抜いたところで、目を覆いたくなるような看板が出現。そこには、「七子峠まで六キロ」と書かれてあった。
うっそーん。マジで? 全然聞いてないよー。
いや、知っていましたが。実を言うと、先ほどの道の駅で、観光パンフレットを配っていたおじさんから、「七子峠までずっと上りが続くよ。あそこがキツイんだよねえ」というまったくありがたくない情報提供を受けていたのである。
でも、六キロもあるなんて聞いてなかったぞー。しかもこれ、傾斜がけっこうキツそうなんですけど。
はーっ。一気に気持ちが暗くなった。
とはいえ、ここで落ち込んでいても仕方がない。乾いた口にスプライトを含み、「よし」。一つ自分に気合を入れ、目の前に延びる坂に覚悟を決めて臨む。
決して広いとはいえない道を、お盆という時期も手伝ってか車がひっきりなし。するとすぐに、通過車にヒヤリとさせられる場面が続出した。
うー、上り坂だけでも大変だというのにー。車にも神経を尖らせないといけないのかよー。
あーあ。本当に無事に上りきれるのかしらん。まったくもって自信がありません。
ようやく「七子峠まで五キロ」の看板。一キロしか上っていないのに、早くも太腿が悲鳴を上げ始めたのはまったくの想定外だった。これ以上はペダルを踏み込めなくなったので、仕方なく自転車を降りる。そのまま休憩。無きに等しい路肩に自転車を停め、ガードレールに張り付くように立ったまま。そうこうしている間にも、次から次へと車が通過していく。
ふーっ。深くため息。正直、脚にきている。……って、後、五キロもあんだよな、これ。
おいおい、マジかよ。こりゃ、大変だぞ。真剣に現実を直視したら、ようやく事の重大さを認識した。玉のように噴き出す汗を拭う余裕もなく、いつしかわたしは不安の渦の中に放り込まれていった。
とりあえず、残りのキロ表示の看板を目標にして上ろう。そう心に決めたのは、いつまでもここにいても先に進まないと気づいたからだ。
上り始めれば、またキツイ現実と向かい合わなければならない。再び覚悟を決めてペダルを踏んでいく。一キロ、一キロ、地道に上っていけばいつかは着くだろう。
でも、しんどさは相変わらずであった。平地の一キロならあっという間なのに、それが上りだとどうして死ぬほど長く感じられるのか。くーっ。全然進まねえしー。
汗まみれになって悪戦苦闘しているわたしを尻目に、何事もなく車が通過していく。それがなんだか悔しかった。こんな姿を見られるのが恥ずかしかった。
「くそーっ! おまえら、ちょっとは同情しろよな!」車に向かって八つ当たりもした。いや、彼らに罪はないのですが。
残り二キロの地点では、とうとう地面にへたりこんでしまった。そして、こういう時に限って雲がどこかへ行ってしまうのだから、自分の運の悪さを呪うしかない。
すっかり晴れ。なんて間の悪い天気なのか。おい、もうちょっと曇っておけよ。天に向かって毒づきもした。
はーっ。キツイ。暑い。本日二回目の、本当に上りきれるのかしらん。またしても不安が胸の中を覆っていく。先ほど買ったスプライトも、すでに残りわずか。その悲しい現実がさらに焦燥感を募らせていく。
やっとこ残り一キロ。しかしもう限界。脚に力が入らない。ウォー! ダーッ! フラフラしながらも、それでも歯を食いしばって懸命に上っていく。
そしてついに、「七子峠」という看板を目にしたときには、それはもう嬉しくて嬉しくて……という感情は不思議と湧いてはこなかった。そんなことを感じる余裕がないほど疲弊しきっていたのだ。
ただ、脳にうまく酸素が回っていないことだけはよくわかった。思わずボーっとしてしまう。ほとんど放心状態。
旅の二日目に、何かの間違いで上ってしまった来島大島の亀老山を除けば、間違いなく今回の中で一番の難所だ。ああ、まさかこんなにキツイとは。
わたくし、高知をなめておりました。
広い駐車スペースのついた展望所みたいなところに、パンパンになった脚を引きずりながら自転車を押して入る。一休みしてから、柵にもたれながら景色を望んだ。
青空の下、眼下には今しがた上ってきた道を見ることができた。そして、折り重なるようにして広がる緑濃き深い山々と美しいV字谷も。
おお。すげえじゃん。わたしは思わず目を見張った。
とはいっても、雄大な景色に見とれていたのはほんの少しの間だけ。後はひたすら、「おれは本当にこんなところを上ってきたのかよ」という、驚きと呆れた気持ちが心の中に混在していた。
でもやっぱりすごい。よく頑張った。
久しぶりに、全力で自分をほめてあげたくなりました。
「えっ、ここを上ってきたの? 同じわっか二つついていても自転車は大変だねえ」
柵から離れ、駐車場にいたライダーのおじさんに挨拶をしたら、悲しそうな目で同情してくれた。
四国一周をしようと、昨日の昼に安芸の自宅を出発しこのたおじさん、昨晩はほとんど一睡もせず走りっぱなしだったとのこと。
「ところで安芸といえば野良時計ですよね。あれって、どうなんでしょうか。わたしは、あくまでもわたしはですが、あんまり大したことないように感じたんですけど……」
おじさんの住んでいる場所を悪く言っているような気がしないでもない。恐る恐るわたしは口を開いた。
「うーん。あれかい? 昔はあそこの通りも畦道で風情があったんだけどねぇ。アスファルトに舗装したのが失敗だね」
考え過ぎでした。地元の人はそこまで気にしてはいませんでした。今度からはもう少し堂々と悪口を言うことにしよう。
よさこいの裏話も披露してもらう。なんでも、賞を狙いにいくようなトップチームは、スパルタ練習を課せられ、ほとんど体育会系の様相を呈しているらしい。また、同じ高知県でも、西と東では方言も県民性も違うということも教えてくれた。
で、なんだかんだでここでは一時間以上も話し込んでしまった。現在の時刻は午後三時半。いくら先を急がない旅とはいえ、早目に野宿場所を確保しておきたい。暗い中、あちこち探し回りたくなんかはない。
とりあえず、次の道の駅で泊まることにしよう。まだ話をしていたそうな顔をしたおじさんを残し、わたしは勢いよく走り出した。

峠を越えたので、しばらくの間は下りのはず。楽である。ゆるゆると坂を下っていくと、右手に道の駅「あぐり窪川」が現れた。
遠目からでもわかるくらいの、人出の多さにギョッとする。駐車場は車でいっぱい。人もわんさか。先ほどの道の駅よりは規模は小さいもの、賑やかさという点ではまったく引けを取らない。
一体、何なのよ。もう日が傾き始めているというのに……。
軒下の一角では何かの行列が出来ていた。肉のいい匂いが漂ってくる。近寄ってみると、串に豚肉が刺したものが売られていることが判明した。この辺りでは窪川ポークなるものが有名らしい。
それにしても、ものすごい行列にただただ唖然とするばかり。建物の中を一通り見て戻ってきても、まったく途絶える気配がないのだ。
さぞかし美味しいんでしょうね。せっかくなので買ってみる。
というのはウソ。わたしがこんなことでお金を落とすわけないでしょう。
ここではインターネットが利用できた。どこかによさげな公園はないのかな。近辺の地図を表示させてみる。あまりの賑わいっぷりに、道の駅で泊まるのは無理だと判断したのです。いつなったら帰るのかわかりゃしない。とにかく今のわたしは、ささっと水を浴びて、とっとと横になりたかった。
しばらくマウスを動かしていると、ここから少し行ったところに、四万十緑林公園なるものがあることがわかった。よーし、そこ行ってみよう。
国道五六号線から脇道に入る。窪川駅近くにあった警察署で詳しい場所を教えてもらい、向かう。
鬱蒼とした林の茂る公園が、目的の四万十緑林公園だった。奥には遊戯施設、中央には階段状になった細長い水路。
東屋を発見。ぼうぼうに生えた草地の上を、自転車を押してそちらへ移動していく。周辺には遊んだり散歩している人たちがちらほら見受けられた。
やや躊躇。ここで泊まっていいのだろうか……。
でも、もはやここしかないので仕方がありません。すいませんね、ちょっとお邪魔しますよ。
東屋内のベンチに荷物を降ろしていると、六十代くらいの品のよさそうなご婦人が、どこからともなく現れた。目が合ったので軽く会釈。
家に泊めてもらえないだろうか。ふと思いつく。目で訴えながら、さり気なく世間話に持ち込んだ。
でも効果なし。しばらくすると、どこかへ去っていた。
閑散とした駐車場で、幼児を連れたお父さんに、道の駅で存在を知った「四万十ショッピングプラザ」の場所を尋ねる。今日の買い出しをそこで済ませることにしたのである。
「ああ、サンシャインのことですね。それでしたら……」
おお。ここでもサンシャイン。
ちなみにマルナカはないのかな。
「ないですね」
ありませんでした。

出向いたサンシャインで、三百五十ミリリットルのドラフトワンと辛いえびせん、そして半額になっていた菓子パンをいくつか買い込む。
さて、今日のお風呂は……公園内の水路で済ませることにした。蛇口のついた水場をあちこち探してみたのものの、どこにも見当たらなかったのである。
でも水路の底は浅かった。ただ横になっただけでは、全身は濡れてくれない。仕方がないので、以前、瀬戸大橋記念公園で考案したローリング浴を敢行。全身を棒のように伸ばし、しばし回転する。
テントに入り、ドラフトワンを飲みながら辛いえびせん。これが思いのほか美味。ほどよい辛さがアルコールに合うのです。
横になり、ラジオ。それにしても今日は疲れたわい。久しぶりにまともに走ったというのに、九十キロ弱なんて。しかもあの七子峠込みで、だ。ああ、こんなに走るつもりじゃなかったのに。
明日は軽くいこうね。もう一人の自分に言いながら軽く目を閉じる。
よほど疲れていたのか、午後七時半を回った頃には、深い眠りの中へ落ちていた。

【2015/06/16 10:48】 | 2011年8月
|
午前七時、高知同様、暑くて目が覚める。実は一度、未明にも覚醒していた。もちろんその時も暑さのため、ではなく意外にも寒さのためだった。、寝袋を引っ張り出さなければならないほど川から吹いてくる風が冷かったのだ。
あのさあ、四国はわたしになんか恨みでもあるわけ? ボーっとした頭で上半身を起こしながら、心の中で不平をたれる。暑かったり、寒かったりよお。あらゆる手を使ってここまで安眠を妨害されると、ついそんな被害妄想を抱いてしまう。
今日も快晴。そして早くもけっこうな暑さ。ジリジリと太陽が照りつける中、歯磨き、ひげそり。手を動かしながら、頭の中でこれからの予定を思案する。もう一日徳島に滞在して阿波おどりを見物するか、それともとっとと高知に戻るか。その二択で悩んでいるのである。
実は昨日一日だけで、すっかり阿波おどりを気に入ってしまった。まさかここまで魅せられるとは思ってもみなかった。
昨晩のことを振り返ってみると、えも言われぬ高揚感がまざまざと胸の中に蘇ってくる。すると、それと呼応するかのように、「もう一泊して阿波おどり見物しようか」という気持ちが膨らんできた。
そうだよな。五時間以上もかけて徳島にやって来たのだ。たった一日だけで帰るのももったいないといえばもったいない話だ。それにこの先、徳島に来ることはあっても、おどりを見る機会は二度とないような気がする。
よし、決めた。もう一日見よう。
ほどなくして寝ぼけ眼の川野さんが起床。そのまま二人でおしゃべり。
川野さん、走っているとよく声をかけられ、何度かジュースをおごってもらったとのこと。その場面を思い出したのか、笑顔で教えてくれた。
で、わたしはというと、羨ましい気持ちでその話を聞いていた。今回の四国では一度たりともそういう思いをしたことはないのだ。
それにしてもおかしいよなあ。四国には川野さんは一週間、一方、わたしは三週間もいる。しかも軽装スタイルの川野さんより、わたしの方が圧倒的に荷物は多い。どう考えたって、差し入れがあって然るべきなのはわたしの方でしょうに。やはり四国はわたしに恨みがあるのか?
ふとザックに目をやる。ホワイトボードの、「四国一周中」の文字がやけに空虚に感じられた。
掲げるのやめますか。今回は効果ないようですし。これ以上虚しい気持ちになりたくない。
目の前の川野さんと話を続けながらも、わたしは頭の中では別のことを考えていた。よさこいは昼間にも開催されていたため、日中退屈することはまったくなかったが、阿波おどりは夜だけ。図書館で時間を潰すとしても……えーと、たしか午後六時半開始だから……。うへっ。後九時間以上もあるのかよ。さすがにそんなにも長時間、図書館にいるのは辛いんでないかい。想像したら一気にげんなりした。かといって、猛暑日確定の中、外をウロウロする気はないし……。
そこまで考えが及んだところで、すっかり膨れ上がっていた、「もう一日阿波おどりを見たい」という気持ちがみるみるうちに萎んでいった。果たして、おれはそこまでして見たいのか?
そうだよなあ。感動はファーストインプレッションの方が強いというし。昨日で気分がマックスに達した気もするし。さすがに二日目になると、あれ以上の気分の高揚があるとは思えないし。
やっぱりやめますか。前言撤回ということで。
そうと決まれば急ぐべし。一番早い阿波池田行きの列車は午前九時四十八発だ。発車時刻まですでに一時間を切っている。一日の列車本数は少ないし、昨日のシフトワイヤーのように何か突発事故が起こるかもしれない。早く駅に向かうことに越したことはないのだ。
会話を打ち切り、川野さんにその旨を伝える。
「えっ。何いきなり?」顔にはそう書いてあった。
すいませんね、わがままな人間なもんで。
川野さんの荷造りを待って、徳島駅へと向かう。五分もあれば着くだろう。
「おかげで楽しい時間を過ごすことができました。どうもありがとうございましたー」
駅前の交差点で、阿波おどり会館へと向かう川野さんに手を振る。
百パーセントわたしのせいとはいえ、なんだか慌しい別れとなってしまった。

徳島駅に到着。発車まで四十分以上もあるというのに、すでに阿波池田行きの列車は入線していた。
うわっ。はえじゃん。モタモタしていたらまた昨日までに座れなくなるじゃんかよー。わたしは大いに焦った。
いーや、待て待て。ここは少し冷静になろう。気持ちを落ち着かせ、しばし思案する。
よし行動開始。テントと寝袋だけを携えて列車に乗り込む。ヨッコイショ。そしてボックス席の一つにそれらを置いた。そう、先に席取りをしておこうという作戦なのである。
よしよし。これで大丈夫。さすがに、これをどかしてまで座ろうという勇気のある輩、いないでしょう。
悠然とした足取りで構内を出る。のんびりと輪行作業。汗だくになりながら自転車の入った輪行袋、パニアパック、ザックを列車に運び入れる。そして確保していたボックス席に腰を下ろして辺りを見回すと、席はけっこう空いていた。
あはは。そこまで必死になる必要、なかったみたいです。
高知までは約四時間の列車の旅。心身ともにほどけきると空腹を覚えた。買い置きしてあった、お稲荷と太巻きの寿司セットを膝の上に広げる。ご多分に漏れずきっちりと消費期限が切れているため、まずは軽くかじってみた。
うん、まだ大丈夫。
鳴門のディオで買った梅干しも口にする。これ、全然減らないんだよねぇ。いくら安さにつられたとはいえ、さすがに三パックは買い過ぎました。
食後は、時折、車窓に目を向けながら、この先訪れる観光地のパンフレットを眺めてのんびりと過ごす。実は昨日、列車の中で少し反省していた。走ることや観光すること以外の時間は、できるだけ日記作業に充てようとしていたため、なんだかゆったりとした気持ちで過ごせていないことに気がついたのである。
いや、そんなことはないだろう。一度はそう打ち消したものの、冷静になった頭でこの旅を振り返ってみると、常に心のどこかで溜まっている日記のことが気になり、そして、そのことに焦りを感じている自分がいた。
もったいないよなあ。そもそも旅にしろ、こうした旅日記にしろ、仕事じゃないのだ。切迫感を抱きながらやる意味なんてどこにもない。これからは、もっと心にゆとりを持って旅をしていこう。
と言いつつも不安。そうすると、遅れている日記が更に遅れそうである。
うーん。どうすればいいんでしょうか。悩むよなあ。別に急ぐ旅じゃないし、ある程度まで書き終えてから先に進むとか。
ま、結局はうまくバランスを取ってやっていくしかないんでしょうけど。

午前十一時四十分、阿波池田駅に到着すると、高知行きの列車の乗り換え時間は六分だった。
うへっ。六分って。おいおい、そんな短時間でどうやってこれだけの荷物を運べばいいんだよ。しかも入線ホームは、階段を使用して移動しなければ場所にあるなんて。これって、ほとんど嫌がらせ。いやだから、四国は(以下省略)。
案の定、最初に列車を降りたにかかわらず、高知行きの列車に乗り込んだのは最後だった。しかも、車内には人がわんさか。なぜかというと、行きと同様、車両が一両しかないからなんですねぇ。
はーっ。またかよ。うんざりする。これが高知行きの列車とはどうしても思えない。お盆休みの間くらい増車してもバチは当たらんでしょうに。JR四国さん、ほんま頼んますよ。
そして、更にわたしの気持ちを暗くさせたのが、車内に置かれた自転車の数だった。わたしの分も入れるとなんと六台も。おかげでわたしの自転車の置けるスペースはどこにも見当たらない。
うへっ。六台って。この時期、一両に一台あればいい方なのに。一度にこれほどの輪行車両を目にするのははじめての経験。いくらなんでも多過ぎでしょう。
さすがに、このまま手に持って立っているのは辛過ぎる。必死に車内に目を走らせる。見つけ出した場所は、最後尾の窓際にあった何かの台の上だった。
でも載せてみると不安。だって、車体の半分ほどが宙に浮いているんだもん。そう、台はそこまで広くはないのである。何かの拍子で列車が大きく揺れでもしたらたちまち落下しそうだ。
あーあ。大丈夫かなあ。腰に手を当てながらため息をつく。万が一、落ちでもしたらまたもやディレーラーハンガーを壊しそうだよなあ。まったくもって考えたくはないのですが。
応急措置。自転車に手を添えてこの場を乗り切ることにした。
徳島駅で、わたしと同じく輪行作業を行っていた青年が、隣に立つ。眼鏡をかけた坊主頭。話しかけてみると東大生だった。夏休みを利用して友人と二人で四国を周っているとのこと。明日には東京に戻ると言っていた。
なるほど。東大生でしたか。ここで合点がいく。自転車をバラしながらさり気なく会話に耳を傾けていたら、やけに理路整然とした話し方をしていたのだ。悪く言えば、理屈っぽいというかなんというか……。
えーと、とくに他意はありませんので。
いつしか、すっかり山の中。両側には濃い緑の森が瑞々しく生い茂っている。列車はそこを進んでいく。ゆっくりと、ゆっくりと。
それにしてもやけにゆっくりじゃない? そう思っていたら、突如、列車は停止した。見えるところに駅はない。何か事故でもあったのだろうか。
「枕木から煙が出たのでしばらく停車します」車内アナウンスが教えてくれた。
「ま、なったものは仕方ないね。おとなしく待つしか他ないね」そう呑気に構えているわたしの隣では東大生が焦り顔。「枕木からなぜ煙が……」眉間に皺を寄せて深く考え込んでいる。
どうやら、原因を追究しないと気が済まない性質のようです。
なるほど。きっと、この絶え間ぬ探究心が東大合格の秘訣なんでしょうね。いや、わかりませんが。
ほどなくして、列車が動き出す。原因についてアナウンスは何も言わない。
東大生は、列車が大歩危駅に着いたところで静かに降りていった。
席が空いたので、長椅子の一角に腰を下ろす。するとわたしに興味を持ったのか、すぐ向かいに座っていた、三十代くらいのぽっちゃりした男性が話しかけてきた。兵庫県姫路市から来た財田(たからだ)さん。途中、輪行しながら四国を周っているそうだ。
おお。残り一台の自転車の持ち主はあなたでしたか。わたしは少し虚を衝かれた思いであった。ランニングシャツに短パンという、なんだか裸の大将を想起させるような出で立ち。ママチャリならまだしも、どう見てもスポーツバイクに乗るような人には見えなかったのです。
えーと、くれぐれも他意はございませんので。
思いのほか話が弾んで楽しい。でも少々疲れも。昨日、川野さんと出会ってからずっと誰かとしゃべりっぱなしなのだ。ま、一人になればすぐに「さびしいよー」とか言い出すんでしょうけど。
結局、いきなり乗客が三倍ほどに膨れ上がった土佐山田駅までのおよそ二時間、ずっと話し続けていた。
混雑した車内。わたしの隣に座っていた六十代と思しきおばさんが突然、スッと立ち上がった。次の駅はまだ先だ。どうしたんだろう? 怪訝に思っていると、二十代前半くらいの娘さんが、脚を引きずった老婆の手を引いて現れ、その空いた席に座らせてあげた。どうやら、さっきのおばさんはこの老婆に席を譲ったようである。
バツが悪いよなあ、いくら気づかなかったとはいえ。わたしは人知れず後ろめたい気持ちに苛まれていた。客観的に見れば、席を譲るのは、おばさんより圧倒的に若いわたしでしょうに。
結果、席を立ってその場を離れる。なんだかいたたまれない気持ちになったのです。とはいえ、今さら席を空けても意味ないんですが。
ところでわたしは、老婆を座らせてあげた娘さんのことが気になっていた。公衆の面前、しかもこんなに混んだ車内で、ここまで堂々と人に親切にできるなんて、今時の若い者にしては珍しく思ったのだ。いや、いい歳した大人でもそうはできないだろう。早い話、なんだか衝撃を受けてしまったのである。
その後も、中年女性がぶら下げていたショルダーバックが、小学生の女児の顔に当たらないようにと、間にそっと手を入れたりもしていた。
なんて、さり気ない心遣いができる人なのだろうか。わたしは激しく感動した。
惚れてまうやろー。心の中で叫びもした。そして、いつしかわたしは声をかけたい衝動に駆られていった。
でも躊躇。娘さんの顔がキリリと引き締まっていて、なんだか怖かったのである。目つきは黒木メイサに匹敵するか、それを凌ぐ鋭さ。軽々しく声をかけたら、「なによ!」と怒鳴られそうだったのです。
そうこうしているうちに、列車は終点の高知駅に到着。しつこく娘さんのことが気になっていたわたしは、荷物を降ろしながらも視線だけはチラチラと向けていた。
と、ここで不思議なことが起こる。なぜか娘さんはそのまま改札口へとは向かわず、降りた列車の前で立っていたのだ。その様子は誰かが降りてくるのを待っているように見えた。
謎はすぐに解けた。
「おまんら、脚の悪いおばあちゃんのこと見えちょっとがろやろ!(土佐弁はよーわからん。筆者多少アレンジ。以下同)」降りてきた二人組の女子高生に向かって、突然怒鳴り始めたのだ。「どうして譲らんがやね!」手にしていた日傘をドン! と一突きしてすごんでいる。
「知らんがね! 知らんがね!」一方、弾かれた顔の女子高生たちは必死に否定。「濡れ衣じゃけん! そんなの知らんがね!」
呆気にとられながらも推測するに、どうやら娘さんは、女子高生たちが老婆に席を譲らなかったことに憤慨しているようである。
その後も、すっかり閑散としたホームで二組の言い争いが激しく繰り広げられていく。特に娘さんの怒りの込もった口調が凄まじかった。
おまんら、喧嘩はいかんぜよ。ここは一つ、大人のわたしが間に入ってですね……、と思いかけたが、生憎こっちは忙しい身。降ろさなければならない荷物がまだ残っている。
えーと、正直に白状しますね。娘さんのあまりの剣幕にビビッちゃったんだよねえ。下手に仲裁に入って、「うるせんだよ! 部外者は引っ込んでろよ!」ととばっちりを食らっても嫌だしね。ああ、われながら情けない。
結局、話し合い(?)は物別れに終わったよう。まずは女子高生たちがスタスタと歩き始め、しばらくしてから娘さんがゆっくりと歩き始めた。
あー、どうなったんだろうなあ。気になるなあ。走っていって娘さんを捕まえたい衝動に駆られる。
もちろんそんな勇気、あるわけないんですが。
それにしても、高知の女性は気が強いというかなんというか。あんなに頭から湯気出している若い女性、はじめて見たぞ。きっと娘さんの中では許せない行為だったんでしょうね。
でも、思う。あそこまで執拗に女子高生たちが責められることはなかったのではないだろうか。彼女たちが言うように老婆の脚が悪いことを知らなかったら仕方ないし。仮に知っていたとしても席を譲らなければならない義務はどこにもない。そこはもう個人のマナー、モラルに委ねるしかないのだ。きっとあの娘さんは、人並みはずれた正義感の持ち主なのだろう。
ドーン!
そんなことを頭の中で巡らしながら移動していると、突如、右の横腹にありえないくらいの強い衝撃を受けた。ううっ。息ができない。思わずその場にうずくまる。一体何が起こったというのだ? 暗闇となった頭の中で考える。やっとの思いで顔を上げると、小学生の男の子の姿が視界に入った。倒れた自転車を起こそうとしている。
すぐに理由はわかった。男の子の乗った自転車がぶつかってきたのだ。かなりの衝撃だったので、猛スピードで突っ込んできたのだろう。ちなみに構内は自転車通行禁止。そう認識したら一気に怒りが沸騰した。
「おまえ! 駅の中を自転車で走っていいと思ってんのかよ!」
腹の底から湧き起こってくる怒りの感情を、あらん限り声にぶつけて外へ吐き出す。怒鳴りつけないことには気持ちが収まらなかったのだ。
わたしのあまりの怒りっぷりに、男の子はたちまち怯えた様子になった。涙目にもなっていた。「悪いと思っています。すいませんでした」平身低頭に謝っていた。
やや溜飲が下がる。完全に怒りが収まったわけではないが、堪えている様子は見てとれた。そのまま逃げ出そうものならとっ捕まえて、「ルールはちゃんと守れよな!」としこたま説教してやるところだったがな。
と言いつつ、ちっともそんなエラそうなことは言えないわたしなのである。実を言うと、高知入りした日に、わたしも構内を自転車で突っ切っていた。通過後、通行禁止と知りました。
もちろん、あれだけ怒っておいて今さらそんなことを言えるわけがないんですが。
えーと、ここは一つ内緒ということで。
若い女性駅員がこちらに向かってくる。そのままわたしに歩み寄ると、「大丈夫ですか? 怪我はありませんか? さぞかし痛かったでしょう」肩を抱きながら慰めの言葉をかけてきた――。
そんな想像を膨らませながら待っていたんですけどね。でも実際はそうはならず。「ここは自転車では通っちゃいけない場所なのよ」男の子の前に立つと、見下ろしながらやや強い口調で注意した。
なんだかなあ。がっかりだなあ。わたしはすこぶる落胆した。あのさあ、そんなガキのことはどうでもいいでしょう。まずはこっちの心配をしましょうよ。わたしは被害者ですよ。少しは労ってくれても――。しかし女性駅員は、まるでわたしのことなど存在していないかのように、男の子にかかりっきり。
痛いよー。痛いよー。骨折れたかもよー。なんだか寂しかったので、心の中で必死にアピール。もちろん聞こえるわけないんですが。

駅から一歩外に出ると、二日振りに戻ってきた高知は、うだるような暑さだった。相変わらず肌を焦がすような強烈な日射し。ただ立っているだけなのに、体から生気が溶け出していく感覚がある。
ケータイを見ると、午後二時半。種崎公園に行くにはまだ早い。さて、どうしましょう。
そういえば、鏡川そばのホテルには、「温泉博士」を提示すれば無料で入れる温泉があったっけ。久しぶりにまともなお風呂に入ってみる?
いやでもなあ、この暑さだ。種崎公園に着く頃には服は再び汗まみれ。そしてきっとわたしのことだ。そのままで居るのは耐え切れなくなり、水を浴び、新しい服に着替えることだろう。そうなると、一日で二着分の洗濯物が出ることになる。つまりそれは、コインランドリーで余計にお金を使うことを意味する。また、公園で水浴びするなら三分もあれば充分。一方温泉となると、サンダル脱いで、フロントで「温泉博士」を見せて、脱衣所で服を脱いで、浴場で体を洗って――。
そこまで考えが及んだところで、すっかり気が萎えた。
やめますか。
すっかりものぐさが板についてしまった。
とりあえず、どこかで涼みたいところ。駅近くのACE ONEへ。うー、生き返る涼しさじゃ。三日前と同様、かき氷バーを買い求める。これで三十八円は安いよなあ。安いから買ったんですが。
県立図書館へ。ネットをするため。行くところ、ここしか思いつかないんです。しかし満席だった。
仕方がないので、待っている間に土佐弁の勉強をすることに。棚から方言辞典を引っ張り出してめくっていく。
なるほど。「~しちゅうが」は「~している」という意味なのか。街中から聞こえてくる高知人の会話には、よく語尾に「しちゅうが」がつけられていた。
カレー派のわたしは、どんだけシチューが好きなんだよ、と冗談半分に不思議に思っていたのだがそうじゃなかったんですね。了解しました。
おそらく、さっきの黒木メイサ似の娘さんは、「はちきん」と言うのだろう。「はちきん」とは、高知女性の県民性を表した言葉で、向こう見ずで勝気な女性を指す。生で見られて得した気分かも。
ネット終了後はドコモショップへ移動。ケータイの充電をするため。続いて、すぐそばのひろめ市場へ。こちらはカツオを食べるため。わかっていると思いますが試食です。
先ほど、財田さんから、ひろめ市場で食べたマグロ丼の写真付きメールが送られてきていた。それを見たら、急に魚が恋しくなったのです。
前回と同じ鮮魚店に足を運ぶ。高知にいる間にすっかり試食も板についた。以前なら三切れも口にしようものなら、後ろめたい気持ちで胸が一杯になったのだが、今やそんなことは微塵もない。
われながら慣れは恐ろしいと思った。
午後五時四十五分、ドコモショップでケータイをピックアップ。種崎公園へと向かう。
よさこいが終わったためか、夕暮れ時の高知の街はすっかり落ち着きを取り戻していた。

いつのものようにサンシャインで試食をした後は、マルナカへ。今日の夕食はここで済ませることにした。とはいってもカップラーメン。高知なのに徳島ラーメン。九十九円と特売だったのです。以前売り切れで食べ損なっていたので、リベンジでもあります。
食後は、うるさいガキどもがいないので、休憩所で日記を少々。タダのお茶も飲む。
さあってと、いよいよ長かった高知滞在も今日が最終日だ。最後の夜くらいはゆっくりと眠りたい。そして、明朝は気持ちよく出発したい。
それなのに、だ。種崎公園に到着してみると、なぜか浜の一角には大勢の若者たちで賑わっているではないか。男女混合。二十人はくだらない。時折、耳につく、わざとらしい笑い声も聞こえてきた。
はーっ。なんだよ、これ。なんでこんなにたくさんの人がいるんだよ。もう夜だというのによぉ。
しばし考えて合点がいく。今日は八月十三日。お盆だ。就職したり進学したりした人たちが帰省して、同窓会でも開いているのだろう。あーあ。何もこんなところでやらなくていいものを。
中には、すっかり日が沈んでいるのにもかかわらず、海に浸かってはしゃいでいる者たちもいた。
やや憮然。おいおい、こんな時間に海に入るのはおれの専売特許なんだぜ。あん? お前ら、誰の許可取ってんだ?
いや、ウソですよ。みんなの海ですね。仲良く入りましょ。
それにしても参ったなー。みなさん、帰る気配、ナッシングなのだ。むしろまだ序盤で、これからがいよいよ本番。羽目を外して馬鹿騒ぎしそうな雰囲気が辺りに漂っている。特に危険な匂いを撒き散らしているのが、髪を鮮やかな金色に染め上げた男たちだ。
こいつら、要注意人物だよなあ。不吉な予感がするよなあ。
はーっ。再びため息。眠れないことも覚悟しておかなければならないかも。
今夜の展開が容易に想像できて、なんだか悲しくなってきた。
今日は長い夜になりそうです。
常宿にしている東屋にテントを設営。若者たちから十メートルほどしか離れていないが、構わず水浴び。帰るのはいつになるかわかりゃしない。
暗い気持ちでシャツに袖を通していると、野崎さんに似たおじさんが現れた。しばしおしゃべり。もっぱら話題は、高知人のマナーについてである。
「さっき、あそこの若い奴らに『ここは花火禁止だから』と釘を刺しておいたから。素直に『わかりました』と言っていたけどね」
おお。先手を打っておこうという作戦なのか。さすが長期間常住していることだけはありますね。きっとこういった事態には慣れているのだろう。わたしなんか全然思いつかなかったもんなあ。今まであまり感じることはなかったが、なんだかおじさんのことが頼もしく思えてきた。
「バーベーキューも禁止にもかかわらず平気でやっているんだよねえ。向こうの東屋でやってんだよ。しかもそれ、遠くから来たとかじゃなく、この辺りに住んでいる大人なんだから始末が悪い。そっちも一応注意しておいたけど、無言で何も反応返ってこなかったけどね」
どうやら、大人には無視されたみたいです。
ここで気を揉んでいても仕方がない。テントの中へ。ラジオをつける。いつもよりボリュームを上げて。浜から聞こえてくるやかましい声をかき消すためである。
しかし通じ。それを軽々と突き破る、あの忌々しい爆竹系の花火が鳴り始めたのだ。それに交じって、歓声、嬌声、奇声のオンパレード。なんだよ、野崎さんに似たおじさん、子供にも無視されてんじゃんかよ。
あー、うぜー。時刻はまだ午後七時半だ。このまま放っておいたら、どれだけ被害が拡大するかわかりやしない。早目に手を打っておいた方がいいと判断したわたしは、いつものように南署に電話した。
「種崎公園で花火をやっています。ついでにバーベーキューもやっています。火事になります。早く取り締まってください」一昨日にも言ったが、すっかり通報には飽きた。抑揚をつけず、できるだけ簡潔に述べていく。
ケータイの向こうからは、電話に出た警察官と別の警察官の話し声。
「種崎公園って、花火とバーベーキューが禁止だったっけ?」
「えーと、ちょっと待ってくださいよ……」
それは、以前耳にした会話と同じものだった。
まったくよぉ。またかよ。心底うんざりする。ちゃんと立て看板に禁止って書いてあるじゃんかよ。どうしてこっちが知っていて警察が把握していないんだよ。それじゃあ、取締りできんだろが。ほんと理解できんわ。
そうして抱いた感想は、これまた以前と同じものであった。
ケータイを切って三十分経過。しかし頼みの綱である警察官は一向に現れない。そうしている間にも、浜では盛大に花火。輪になって線香花火をやったり、ロケット花火を垂直、水平にして派手にバンバン放っている。一方、五十メートルほど離れた東屋では、相変わらず大人たちがバーベーキュー。白い煙がもくもくと夏の夜空に向かって立ち昇っていた。ふつふつと怒りが込み上げてくる。
おいおい、ふざんけんなよ。警察は何やってんだよ。堂々とルールを破っているやつらをのさばらしておいていいのかよ。
「種崎公園で花火をやっています。火事になります。早くなんとかしてください」怒りながらまた電話。
「今、パトカーが向かっていますから。もう少し待ってください」
言われた通りに待つことに。相変わらず浜からは花火の音。ケータイを見ると、更に十五分が経過していた。
ムカーッ。一気に頭に血が昇る。おいおい、早くなんとかしろよ。うるせんだよ、こっちは。ルールを破った者を取り締まるのが警察の仕事だろうが。おい、いい加減になんとかせえよ。
いつしかわたしの怒りの矛先は、花火をやっている連中より、いつまでも現れない警察官に向けられていた。
「ちょっと! ちょっと! まだ来ないんですけど。早くしてくださいよ」怒りながら三度電話。
「今向かってますから」電話に出たのは、これまでとは違って女性だった。
「は? 向かっているってさっきから同じことを言っているけど、全然来ないじゃないですか」不機嫌を隠さずに言ってやった。「最初の電話からもう四十五分も経ってるんですよ。遅いですよ!」
「だから今向かってますって」
「いや、向かっているって来なきゃ意味ないじゃん。本当に来る気あるんならとっくに来ているでしょうが。本当にやる気あるんですか!」
「向かっているとしか、わたしには言いようがありません!」
ほとんどケンカ。もはや相手が警察だろうが、知ったこっちゃない。
ケータイを切ってから十五分経過。最初の通報からはすでに一時間経っている。なのに、まだ警察官は現れない。
猛然と怒りがこみ上げてきた。なにこれ、完全な職務怠慢でしょう。税金泥棒もいいところでしょう。どうにも腹が立って仕方がなかった。
「まだ来ていないんですけど!」これまでの中で、一番怒りを込めて本日四回目の電話。ここまでしつこくする必要があるのか、と思わないわけでもなかったが、こっちも意地になっていた。
「だから今向かってますって」出たのはさっきと同じ女性警察官。心なしか憮然とした声。
でもそんなこと知ったこっちゃない。「いやだから、『向かってます』って馬鹿の一つ覚えみたいに。もう聞きたくないですよ。とにかくこっちは被害者。うるさいからなんとかしてくださいよ!」
「いや、だか――」
しつこいので切ってやった。これ以上言い訳を聞かされたら本気に怒鳴りつけそうだったのだ。
暗いテントの中で一人ケータイに向かって怒りまくっているわたし。一方、浜では依然、花火で盛り上がっている若者たち。
はーっ。怒りの混じったため息。そっちは楽しくていいだろうが、おかげでこっちは嫌な思いをしてんだぞ。
あー、嫌だ、嫌だ、ほんと嫌だ。苛立ちのあまり、気がついたらわたしは頭をかきむしっていた。
というのはウソなんですけどね。わたし、スキンヘッドなんです。
誠に情けないが、唯一の対抗手段はラジオのボリュームを上げること。そばにいるわたしはうるさくて仕方ないのだが、若者たちの楽しげな声を聞くのが癪で仕方がなかった。花火の音を聞きたくない気持ちの方が優に勝っていた。
安眠を――。わたしの願いって、そんなにぜいたくなことなんでしょうかねぇ。なんだか無性に高知を恨みたくなってきた。
暗闇の中、ケータイに手を伸ばす。午後九時過ぎだった。
なぜか突然、花火の音が止む。その隙に寝ることに。ラジオを切り、目を瞑る。
結局、最後の最後まで、花火に悩まされる高知滞在となった。
浜からは何も聞こえてこない。

【2015/06/16 10:47】 | 2011年8月
|
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。